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歴史資料展示コーナー

[2018年10月11日]

ID:1396

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図書館1階入口において、地域に関する歴史資料を展示しています。
テーマを設けて年に数回展示替えを行い、私たちのまちの歴史を紹介しています。

展示風景の写真

第75回展示「相給―細川藤孝書状の「諸入組」をめぐって―」

期間

平成30年10月10日(水曜日)~平成31年1月20日(日曜日) ※図書館休館日を除く。

内容

 昨年6 月、一般にはもちろん、これまで研究者の間でも知られていなかった1 通の古文書が発見されました。これは、当時勝龍寺城城主であった細川藤孝が出したもので、関連文書の写しが1 点知られるばかりの新出史料でした。
 この新出史料の細川藤孝書状には、「諸入組」との用語が見られます。「諸入組」とは、所属の異なる土地が混在している状態、またその領域を指していると考えられます。中世の土地制度、荘園公領制のなかで、乙訓地域の小塩荘のように他領に入り組んで荘地が点在する、散在型荘園の存在がよく知られています。加えて、南北朝期以降の戦乱において、たびたび適用された武家権力による半済、すなわち年貢の折半で荘園のみならず、国人・土豪が支配した武家領も分布しました。こうして支配権が錯綜した地域を、「諸入組」と称したようです。
 豊臣秀吉の太閤検地によって、いわゆる「職の体系」と呼ばれる、重層的な土地支配構造で成り立っていた荘園は解体されました。しかし、乙訓地域の「諸入組」は、近世も相給として継続され、長岡京市域に所在する村落はほぼ全て、複数の領主によって支配を受けました。
 そこで本展では、「諸入組」とはいかなる状態であったのか、そこで生活する人々にどのような影響を与えたのか、当地の史料的な限界から中世ではなく、近世の相給から垣間見たいと思います。

宝暦10年(1760)山城国乙訓神足村絵図(教育委員会蔵)

展示解説

展示コーナーだより~ふるさとファイル~

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