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平成23年2月19日 乙訓たてもの探訪

[2012年12月12日]

ID:2331

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2月19日(土曜日)、乙訓2市1町で「西国街道・丹波街道でつなぐ 乙訓たてもの探訪」がありました。
乙訓地域に点在する江戸時代から昭和までの特色あるたてものをめぐるイベントで、各市教育委員会が共催し、初めて行われました。
コースは3つ。

  • 長岡京市内の旧家を中心に向日市の資料館まで行く「丹波街道コース」
  • 長岡京市から出発し向日市の旧家などを中心にめぐる「西国街道Aコース」
  • 長岡京市の旧家と聴竹居や大山崎山荘など大山崎町のたてものを回る「西国街道Bコース」

丹波街道コース

田村家

長法寺にある「田村家」には、大正時代に建てられた元病院である建物と、江戸時代に建てられた茶室「任無亭」があります。

田村家の外観写真
任無亭の写真

「任無亭」の中には、当時東の窓から眺めることができた「任無亭八景」が詠まれた額が飾られています。
巨椋池の漁火や伏見の夕映えなどを見渡しながら、お茶を飲むことができたそうな。
この八景は江戸時代に詠まれたものですが、田村さんいわく「40年前はここから淀川が見えた」そうです。
これを聞いた見学者たちからは、驚きの声が。

任無亭の中をのぞきこむ見学者の写真

佐藤家

同じく長法寺にある「佐藤家」は乙訓地域の大型農家の典型的な構えをもっています。
築地塀の一部が江戸中期に、主屋や長屋、門、土蔵群は江戸後期から昭和初期に造られました。

建物の中で栗山建築士の説明を受ける見学者たちの写真
写真:修復工事中の佐藤家

佐藤家は現在、耐震工事中です。

今回見学することはできませんでしたが、佐藤家住宅には土蔵群があります。
その中で一番古いものが西米蔵。

西米蔵の壁の写真

内壁に墨で「文化四歳卯九月之棟上吉祥日」と書かれていることから、文化四年(1807年)に建てられたものだとわかります。

河合家

粟生の「河合家」も比較的大きな農家建築です。
元淀藩士の河合辰直(かわいときなお)氏が明治13年に購入し、住み始めました。
江戸後期から大正時代につくられた回りの塀、門、主屋と土蔵が、今年1月に国の有形文化財として登録されました。

写真:河合家の外観

奥の和室には、下段がひきだしとなっている押入れがあります。
こういった造り付けの引き出しは珍しく、当時地方行政に携わっていた河合辰直氏が、書類を保管するために作ったと推測されています。

写真:河合家のにある作り付けのタンス

こののち江戸初期から旅館を営業していた向日市の「富永屋」と、「向日市文化資料館」を見学しました。

西国街道Bコース

中野家

調子一丁目にある「中野家」は、近郊農家と町家の特徴を合わせ持っており、主屋や土蔵は江戸末期に建てられました。
茶室は、京の町家大工の北村傳兵衛(きたむらでんべえ)の手によるもので、昭和26年に建築されました。
いずれの建物も、昨年9月に国の有形文化財として登録されました。

写真:中野家住宅を見学する人たち

西国街道から、虫籠窓や格子の表構えなど建物の特徴について解説を受けます。

中野家の庭での説明の写真

庭に入り、説明を受けます。

中野家の室内

中野家の室内。ひな人形を飾って見学者を迎えていただきました。

町家大工の北村傳兵衛が建築した茶室。茶室内の天井が特徴的です。

茶室(全景)の写真
茶室の額の写真
茶室(内部)の写真

こののち大山崎町の「聴竹居」(左)や「大山崎山荘」(右)などを見学しました。

聴竹居の写真
大山崎山荘の写真

(2月19日、乙訓2市1町で)