ページの先頭です
メニューの終端です。

長岡京市歴史日めくり 「遷都はつらいよ」

[2018年1月16日]
歴史日めくり

今週の長岡京市の歴史 「遷都はつらいよ」

京都盆地

      京都盆地を南から見る(真ん中辺りの道路が烏丸通り)

時は長岡京期も末ごろ
 桓武天皇(当時の天皇)は頭を悩ませていました。「平城京から長岡京に遷都をしてはや10年。近頃、都ではよからぬことばかりが起こる。そろそろ新しい都へ移るべきか・・・。さて、どこへ移ろうか・・・。」
 桓武天皇は次の都へ移る準備のため、山背国葛野郡字太村(現在のJR二条駅北側周辺)へ藤原小黒麻呂と紀古佐見を派遣します。今から1225年前の1月中頃のことでした。

 遷都により、長岡京はたった10年でその終わりを告げてしまいます。10年となると、その土地にずいぶんと愛着も出てくるころでしょうか。慣れ親しんだ土地を離れることになった人々は「遷都はつらいよ・・・」と声を漏らしたのではないでしょうか。

 

今週(1月8日)の長岡京市の歴史 「藤孝、出陣するってよ」

細川藤孝

時は室町時代の末ごろ
 力を失っていた室町幕府将軍の足利義昭。上洛して本国寺で新たな畿内支配の開始だ!・・と思った矢先、敵対勢力である三好三人衆が猛ダッシュで京都へ攻め入ります。あっという間に寺を包囲し、義昭はとたんにピンチへ。
 そこで、援軍として細川藤孝(上画像:天授庵提供)らが出陣。本国寺での合戦で三人衆を破り、さらに追撃を開始。長岡京市にある勝龍寺城まで軍を進めたのが、449年前の1月8日でした。
 この記録が、藤孝と勝龍寺城との関係を示す、最初の確実な史料となっています。

 1月8日は成人式。今年も多くの成人が誕生しました。成人になられた皆様、おめでとうございます。
 ちなみに、449年前の1月8日、藤孝は36歳でした。鎧が重く感じるようになってくる頃でしょうか・・・。

1月4日

弟国宮遷都1500年記念日めくり

新年、明けましておめでとうございます!

実は、2018年は「弟国宮遷都1500年」を迎える年になっております。それを記念して、このページでは歴史日めくりという形で毎週、長岡京市や長岡京市に関連する過去の出来事を振り返っていきたいと思います。

日めくりは来週の9日より、本格スタートをいたします!

皆様、どうぞご覧下さい。今年も一年よろしくお願いいたします。

※上記リンクは「Weblio辞書」のページを別ウィンドウで開きます。

※「用語解説」のリンクに関するご質問・ご要望は、ウェブリオまでお問い合わせください。

お問い合せ

長岡京市教育部生涯学習課(図書館内)生涯学習・文化財係

電話: 075-955-9534(生涯学習)、075-954-3557(文化財) ファクス: 075-954-8500

お問い合せフォーム


長岡京市歴史日めくり 「遷都はつらいよ」への別ルート