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令和2年度 第2回長岡京市文化財保護審議会会議録

[2021年6月24日]

ID:11350

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日時と場所

日時

令和3年1月6日(火曜日)

場所

図書館3階大会議室

出席者

委員

井上委員、仁木委員、中尾委員、藤田委員、湯川委員、井上委員

事務局

山本教育長、荻久保課長、菅野係長、福家主査、橋本主査、井内主事、鈴木主事

オブザーバー

中井滋賀県立大学教授、中島埋蔵文化財センター事務局長

案件

1.長岡京市指定史跡への指定について(勝龍寺城土塁・空堀跡)

2.その他

開会

・教育長あいさつ

・会議成立状況の確認

・委員9名のうち6名出席

・傍聴者の確認

・傍聴者なし

議事

(会長)

それでは、議事に入ります。案件1は、長岡京市指定史跡への指定について、案件2は、その他です。まず案件1に入ります。教育長から説明をお願いします。


(教育長)

長岡京市教育委員会 令和2年11月定例会におきまして、勝龍寺城土塁・空堀跡を長岡京市指定史跡に指定することについて、審議会でお諮りくださいますよう、第31号議案として可決されました。諮問文は次の通りです。

【諮問文読み上げ】

よろしくご審議くださいますようお願いいたします。


(会長)

ありがとうございました。ただ今、諮問がございましたので、審議に移ります。本案件につきましては、書面審議となった第1回審議会において触れていましたが、事務局から概要の説明を願います。


(事務局)

【勝龍寺城土塁・空堀跡について説明】


(会長)

事務局からの説明は以上ですが、本案件の補充調査をご担当いただいた先生から、補足しておくべきことがあればお願いします。


(オブザーバー)

今回指定したい土塁に関して、いわゆる外郭という解説があったが、勝龍寺城から北方に位置し、乙訓の向日丘陵が主郭のあたりで落ち込んでおり、防御が弱いため、北の一段高いところで外郭ラインを造った点が、城郭史的に大変興味深い。また、先ほど説明のあった下層の堀というのは神足城の堀の可能性がある。それが主郭より高いところに造っていたということで、中世での使い方と戦国期の使い方が明瞭にわかるという点が大変興味深い。さらにもう一点注目できるのが、主郭部分が調査されたときに石垣が出土しており、元亀2年に織田政権の肝煎で造られた勝龍寺城が石垣造りの城であったということがわかっているが、この外郭ラインにおいて発掘調査が行われた際に石垣が全く検出されなかった点である。のちに、惣構という城下町を囲い込んでいくようなラインを造る際、中心部分が石垣であっても外郭を土塁で形成する系譜に繋がっていくことから、この外郭となる土塁は重要である。また、残念ながら中心部分は模擬的な城風公園になってしまったが、城郭史上でも位置づけできる勝龍寺城の遺構がこれだけ残されているという点は市の指定史跡にふさわしいと考える。


(会長)

ありがとうございます。土塁・空堀跡について詳細に補足いただきました。それでは、本案件は現地を視察する予定となっていますので、事務局の案内にしたがって乗車してください。


【勝龍寺城土塁・空堀跡の視察】


●議事の再開


(会長)

それでは議事を再開いたします。現地でも適宜、質疑応答が交わされていましたが、議事の冒頭で行われた事務局からの説明を踏まえてご意見・ご質問等ございましたらよろしくお願いいたします。


(委員)

事前に送られてきた指定説明書で今後公的な基本的説明が行われるという理解でよいか。指定書の説明文の記述の中でいくつか気になる点があるので、確認・再考していただきたい。一つ目は、「歴史的経過から勝龍寺に重複するように築かれた」とあるが、勝龍寺ではなく、三好氏勝龍寺城の誤りではないか。二つ目は「両側から側射ができるよう土塁を屈曲させ、合横矢を形成した」とあるが、現地でも確認した通り復元図と合わない。指定された際には新しい図を用意していくことも考えていってもいいのでは。三つ目として勝龍寺城土塁・空堀跡が築造されたとされる「元亀2年」を記載することについて、『勝龍寺城関係資料集』に収録されている「元亀2年10月14日織田信長朱印状」の織田信長から細川藤孝に対して出した要害普請を根拠としているのだろうが、この時普請された要害が当該遺跡に当てはまるかは定かではない。通常、この史料の記述については、三好氏勝龍寺城の改修のことを指すと考えるが、その点も再考の余地があるのではないか。また、『勝龍寺城関係資料集』に収録されている「綿考輯録」では、先ほどの信長の朱印状を引用した説明があり、この文献が伝わった家臣米田家の記録に「勝龍寺城は平城であり、要害が堅固ではないので米田求政に相談し、内郭の外に二重の堀を仰せ付けられ、その上に土居を築きしかるべきよし申し上げ、夫役御願の事も」と書いてあり、この記載を信用するならば、元亀2年10月は本体の工事ではなく、先ほど現地確認を行った北側の二重土居を指すと考えられる。一般的には、元亀2年に細川藤孝が本体の城を改修したとされているが、米田家に伝わっている記録と内容が矛盾してくるので、「元亀2年」と指定書に記載することに対して疑問である。今後の研究によって築造年代が変わる可能性も考えられるので、年号の記載は外すべきではないか。


(会長)

ただ今のご意見について何かありますか。事務局のお考えはいかがですか。


(事務局)

貴重なご意見ありがとうございます。「綿考輯録」自体も史料的な性格から気になる部分もあります。ご意見のとおり、年代については元亀2年と表記せず、例えば安土・桃山時代や、16世紀といった表記の方が適当であると思われます。安土・桃山時代と記載するということでよろしいでしょうか。その他にもご意見をいただいており、ひとつは横矢がかりの部分。縄張り図として想定しているものがあるが、現存する部分から合横矢とするのは厳しい。ここは横矢がかりと表記するのが適当と思います。もうひとつ、「歴史的経過から勝龍寺に重複するように築かれた」との記載は「三好氏の勝龍寺城」とするのが適切であると思いますので、訂正いたします。


(会長)

以上が事務局のご判断ですが、これについては、研究成果の問題上やむを得ませんので、史跡に指定するため最低限の情報を明らかにしなければならないということで、今後は新しい成果が当然出ようかと思いますけれども、今現在はこういった形で提出させていただいてもよろしいですか。


(各委員)

【異議なし】


(会長)

それでは、事務局は内容の修正をお願いします。他に何かご意見はありますか。


(委員)

今回の指定には直接関わらないが、保護の措置を検討している範囲というのは具体的にどのような事を考えているのかという点、もう一つは、地権者がどのようになっているのかということ。今後、指定地を広げていくのか。現段階の考えをお聞かせいただきたい。


(会長)

今回の諮問の答申には直接関わりはありませんが、事務局ではどうお考えですか。


(事務局)

現地で見ていただいた通り、保護の措置を検討している範囲は、実際に土塁が現存している部分で一部、個人が所有しているところがあります。その部分については今後史跡指定したいと考えています。それに加えて、北側の範囲はすでに市有地であり、公園として利用されているため、遺跡が破壊される可能性は低く、神足神社の境内地についても、同様であると考えています。今後、市や神足神社の方で動きがあれば、何らかの対応を取る区域として、保護を検討している範囲としております。


(委員)

ありがとうございます。これも現地でお聞きしたが、神社の境内地を発掘するのは難しいが、北側の公園に関しては、北側の堀のラインが検出されることも考えられるので、もし機会があれば調査していただきたい。


(会長)

ありがとうございます。今後様々な形で調査の継続をよろしくお願いいたします。(勝龍寺城土塁・空堀の包蔵地の)土地所有者の件に関しましては、今後大変複雑な(土地所有者の)移動をたどることが予想されますので十分に見極めながらよろしくお願いいたします。何か他にご意見ございますか。


(委員)

遺跡の概要を見ると、昭和59年に発掘調査が行われて、平成26年度に現存する遺構を保存整備して史跡公園にしたとある。今回、公園部分を史跡指定するということだが、普通は遺構が重要であると判断され、史跡に指定し、最終的には史跡の整備を行うという順序だと思うが、勝龍寺城土塁・空堀跡については、史跡指定前に既に保存整備が行われており、史跡公園化について文化財保護審議会は直接関わっていなかったように記憶している。どのような経緯で公園化に至ったのかわからないが、整備の主体は教育委員会ではなく公園担当部局であった。こうした、発掘調査・史跡指定・保存整備という手順を踏まず整備を行うのは、いかがなものかと考える。また、勝龍寺城主郭は文化財担当部局主導で教育委員会が発掘調査し、その後整備を行ったが、整備の段階では教育委員会や文化財保護審議会は関与せず、遺構保護の上でかなり問題のある整備が行われた経緯がある。史跡公園設置の方法について、過去の状況を今一度振り返り、どのようにあるべきか、今後検討する必要があると考える。


(会長)

ありがとうございます。ただ今のご発言に関しまして事務局から何かご意見はありますか。


(事務局)

本丸の部分については、詳しい経緯を存じ上げませんが、勝龍寺城土塁・空堀跡に関しましては、公園を所管している部署から、公園範囲拡大に際して土塁・空堀跡を表現する整備を行いたいという提案があり、事前に専門家のご意見を聞きたいということで、教育委員会で専門の学識経験者をお呼びし、ご検討いただく会を2度設けました。それを踏まえ、遺跡が保護できる設計を行うという、イレギュラーな手段を取りました。文化財保護審議会に審議いただけなかったことに関しては、大変申し訳ありませんでしたが、緊急の案件ということもあり、こうした形で進めさせていただきました。もともと平成25年までは土塁・空堀ともに個人の所有地で、当時所有者が当該地を手放そうとしており、開発業者の手にわたってしまうと遺跡が破壊される可能性がありました。そのため、予算の問題で公園を所管する部署で整備が行えないかを協議した結果、前述したようなイレギュラーな整備となりました。


(会長)

ありがとうございます。今後は十分な配慮を行いながら整備等を行ってもらいたいと思います。他にご意見ございませんか。


(委員)

(周辺の)道路の計画があったと記憶している。遺跡北側の小学校辺りまで非常に太い南北道路があったが、あの太さで南側まで道を通すという話があって、そうなると土塁の西側が削られるのではないかということで、それを急ぎ阻止する必要があるという事情が、先ほどのお話の中にあったので、教育委員会の努力で小学校の前までの整備で止めることができたと記憶している。そういうところは評価してもいいのではないかと思う。


(会長)

ありがとうございます。何度も申し上げますが、史跡整備の問題は一筋縄ではいかない様々な利害関係をはらんだ難しい問題ですので、今後とも是非お願いしたいと思います。それではこの辺りで審議内容をまとめてまいりたいと思います。

今回の諮問につきまして、長岡京市文化財保護条例施行規則に定めております、長岡京市指定史跡の種別、「都城・国府・郡衙・城跡・古戦場等の政治に関する遺跡」、指定基準の2、「遺構、出土遺物において学術上価値のある遺跡」、に該当し、長岡京市指定史跡として今後とも適切な保存を図るべく指定するものであるとして、先ほど若干の修正の意見が出ましたが、これを補正して答申とすることで、よろしいでしょうか。


(各委員)

【異議なし】


(会長)

それでは答申させていただきます。

【答申文読み上げ】

よろしくお願いいたします。


(教育長)

ありがとうございます。


(会長)

それでは案件2、その他に移ります。事務局は説明をお願いいたします。


(事務局)

それでは案件2のその他について、本日机上に配布させていただいた資料に基づき、文化財保存活用地域計画の策定及び、新庁舎整備の進捗状況についてご説明します。

まず1ページの文化財保存地域計画の策定では、長岡京市地域全体の文化財保存活用を推進するアクションプランとして、文化財保護審議会の皆様からもご意見をいただき、令和2年度から3箇年で着手しています。現時点での進捗状況につきましては、今年度は事前調査としてこれまでの市史編纂等に基づき、指定・未指定を含む文化財リストの作成に取り組んでいるところです。なお、作成にあたってはプロポーザルによって、株式会社スペースビジョン研究所に、調査の実施・支援等を委託して行っています。また、先日文化庁に報告・協議を行い、次年度以降の展開やスケジュールについての指導、助言を受けたところです。今後のスケジュールとしては、令和3年度は市民ワークショップ等を開催し、多様な意見を集約しながらテーマやストーリーといった構成の設計を行い、学識経験者や行政関係者、まちづくり、観光等の関係者で組織する保存活用推進会議を設置し、具体的な骨子案の作成を行う予定です。参考資料には、来年度からスタートする市の総合計画や、教育振興基本計画にかかる市民アンケートの結果を掲載しています。市の自慢や誇りとして、歴史的な景観を多くの人が掲げていました。さらに、文化財を大切にしていきたいという回答も8割近くを占めている中で、具体的な文化財の認知度等については低い状況となっており、歴史的な景観や文化財の重要性が認識されているものの、地域の資源として、あるいは個々のふるさとへの愛着として、結びついていないという現状でした。地域計画を作成することで、垣根を超え、教育委員会のみならず市全体の行政の中でまちづくりに活かしていくといった、「みんなの文化財」としての価値を高める、保存活用地域計画を作成していきたいと考えております。

市民ワークショップにつきましては、歴史地理学を専攻され、地域計画のアドバイザーも務めておられます、京都府立大学の上杉和央氏にコーディネートをお願いしようと考えております。また、具体的な検討を進める組織としての保存活用推進会議につきましては、文化財保護審議会からもご参画いただきたいと考えています。なお、人選につきましては文化庁の助言をいただきながら事務局で調整し、お声かけさせていただきたいと考えていますので、どうぞご理解の程よろしくお願いいたします。地域計画の進捗状況については以上です。

次に、新庁舎の歴史資料展示室の整備についてです。こちらも文化財保護審議会の皆様からご提言をいただきました内容に基づき、鋭意整備に向けた検討を進めている状況です。先ほどの文化財保存活用地域計画は令和4年度に完成する予定ですが、そのリーディング事業に位置付け、令和5年度からの3ヶ年計画で着手していきたいと考えております。現状では、2階に展示室、7階に収蔵庫を整備する予定です。仮称ふるさと資料館基本構想で示した、まちなか博物館ネットワークの拠点となるガイダンス施設に位置づけ、歴史資料の展示公開を行う公開承認施設相当を目指していくという形で進めています。そのための具体的な検討を市長を含めまして、関係各課と調整、検討を進めています。今後のスケジュールは、令和5年度に整備のための基本計画、6年度に実施設計、7年度に着工していく予定です。

以上、現在の各事業の進捗状況の報告とさせていただきます。


(会長)

ありがとうございました。2点、文化財保存活用地域計画の作成、現段階における経過でした。これから長く本市の文化財の拠り所となるわけですが、慎重に審議を重ねていきたいと思います。2つ目の新庁舎における歴史資料展示室につきましても、ご報告にあったとおりに進めていただいております。これらの件についてご意見ございますか。


(委員)

以前から、生涯学習課長に個別には申し上げていたが、済生会病院建設の際の調査で確認された、遺構・遺物は大変良好なものであるため、病院の中に展示コーナーを設けてもらえるよう検討していただきたいと考えている。開田城は城跡が破壊され、マンションになるということで、1階のエントランスに開田城の復元模型を設置させていただいた。現在は、ふるさとガイドの会の市内案内の際も必ず立ち寄ってもらえるようなポイントとなっている。駅前という好立地であり、戦国期の当市の歴史を知る上でとても大事な場所となっている。済生会病院はかなり大きな施設であり、確認された遺跡も重要なものであった。駅からは遠いが、周辺には遺跡説明板も多数設置され、地域の歴史観光コースに隣接していることから、施設内に展示コーナーがあれば立ち寄ってもらえるのではないか。また、今後の文化財の保存・活用をお願いしていく上で、公共性をもった大型病院の中に展示施設を設けることができれば、小・中規模の施設においても実現していくきっかけとなるのではないかと考える。この段階でお願いできるかわからないが、済生会の公的な立ち位置を鑑みるに、要望の伝え方次第では展示コーナーを設けていただくことは可能ではないか。もし現状何か進行中の計画があればお話を伺いたい。できれば、このような形で遺跡を展示公開、啓蒙するようなスペースの実現をお願いしたいと考えているので、よろしくお願いいたします。


(会長)

ありがとうございます。ただ今のご意見に関しまして事務局で進められていることがあればお願いします。


(事務局)

かねてから様々なご意見をいただいておりますが、現状では済生会病院側と具体的な協議に至っておりません。いただきましたご意見のとおり、病院関係者や開発関係者の方々にもご理解いただき、発掘調査を行い、実際に遺跡が確認された場所で展示公開をしていくことが非常に重要であると認識しており、可能性のある限り模索していきたいと考えています。まずは周辺地での遺跡説明板の整備という形で遺跡の説明をしていく予定です。また、長岡京市内に設置された長岡京跡に関する遺跡説明板の設置件数が少ないというご意見をこれまでもいただいており、今後当市の特徴をより反映できるような形で、地域計画などを利用しながら、多方面にご理解・ご協力を求めて総合的に進めていきたいと考えています。


(会長)

ありがとうございます。地域計画の作成はまさに先ほど委員のご発言にあったようなことを、どのように処理していくのかといった重要な段階でありますので、よろしくお願いしたいと思います。(済生会病院は)私企業ですから、強く申し上げにくいところではありますが、まちの文化財ですので、粘り強く協力をお願いしていくほかないと思いますので、よろしくお願いします。

それでは、本会議を終了いたします。ありがとうございました。



閉会

  • 今後の審議会開催予定の確認

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