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中山修一氏の世界

[2013年7月23日]

ID:628

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中山修一氏とは

中山修一という人がいなければ、彼が行動し続けることがなかったならば、現在の長岡宮・京の調査・研究はあり得ませんでした。ひとりの人間の情熱と行動とがこれほど大きな成果を生み出すことがある、という事実は人に勇気を与えます。日本の文化財保護の歴史の中で中山修一さんの名は不滅です。(佐原眞、元国立歴史民俗博物館長)
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在りし日の中山修一氏

経歴

中山修一氏年譜
年号月日事 項
大正4年7月19日0歳新神足村大字勝竜寺小字久貝(現長岡京市久貝)にて、中山長作(のち新神足村村長)・ふしの長男として誕生。
昭和3年3月12歳神足尋常小学校を卒業する。
昭和8年8月17歳京都府立桃山中学校を卒業する。
昭和10年3月19歳京都府師範学校本科第二部を卒業する。
昭和10年4月1日19歳向陽小学校訓導となると同時に短期現役兵として入隊する。
昭和10年8月31日20歳陸軍歩兵伍長に任ぜられ、同日除隊、国民軍士官勤務適任証書を受領する。
昭和14年4月23歳京都府師範学校専攻科に入学する。
昭和15年4月24歳長法寺小学校訓導となる。
昭和15年4月5日24歳斉藤寿郎(乙訓郡大原野神社宮司)・隆子の長女志伝と結婚。
昭和17年3月18日26歳『乙訓村海印寺村郷土史の研究』を著す。早良親王幽閉事件を書き、不敬罪として警察の取り調べを受ける。
昭和19年4月28歳中等教員試験検定日本史東洋史に合格し、京都府立伏見中学校兼桃山中学校教諭となる。
昭和21年5月30歳京都大学文学部史学科に入学し、地理学を専攻する。在学中平安女学院講師となる。
新神足村開田小字下ノ町15に転居する。この付近の水田の区画が、条里の地割でなく、条坊地割であることに気づく。
昭和24年4月33歳京都大学文学部大学院に進学する。
昭和24年9月34歳京都女子中学・高校教諭となる。
昭和26年4月35歳京都市立西京高校教諭となる。
昭和28年37歳京都大学地理学教室助手吉田敬市から『乙訓郡史』の執筆を依頼され、長岡京の研究に没頭する。
昭和28年38歳長岡京復原のきっかけとなった蓮池の存在に気づく。
昭和29年12月30日39歳長岡京の発掘調査にはじめて着手し、翌年早々朝堂院中門にあたる会昌門跡を発見。
昭和30年3月27日39歳長岡宮会昌門発見の報道が行なわれ、大きな反響をよぶ。
昭和31年 40歳長岡京大内裏付近遺物分布図を作成する
昭和33年12月15日42歳京都市教育委員会指導主事として出向する。
昭和34年 45歳長岡宮大極殿跡・小安殿を発掘する。
昭和40年4月49歳長岡京の発掘調査に従事するため、京都市立西京商業高校定時制教諭となる。
昭和40年11月5日50歳京都府教育委員会から文化財功労者表彰を受ける。
昭和41年2月13日50歳小林清等と「乙訓の文化遺産を守る会」を結成し、副会長に就任する。
昭和43年7月25日53歳福山敏男・高橋徹・浪貝毅等と『長岡京発掘』(NHKブックス)を著わす。
昭和45年11月5日55歳文化庁長官から長年文化財に力を注いだ功績により、表彰を受ける。
昭和47年10月1日57歳京都家政短期大学助教授となる。
昭和47年11月11日57歳京都市教育委員会から京都市教育功労者表彰を受ける。
昭和50年4月1日59歳京都家政短期大学教授となる。
昭和50年10月13日60歳長岡京市文化財保護審議会会長となる。
昭和51年3月60歳長岡宮跡発掘調査団(のちに長岡京跡発掘調査研究所と改称)を再結成し、団長となる。
昭和53年10月18日63歳『長岡京内と外』を著わす。
昭和56年11月7日66歳多年にわたる長岡京跡の究明に功績があったとして、京都府教育功労者表彰を受ける。
昭和57年4月12日66歳吉川英治文化賞を受ける。
昭和58年11月30日68歳京都新聞文化賞を受ける。
昭和59年10月1日69歳福山敏男・高橋徹等と『新版長岡京発掘』(NHKブックス)を著わす。
昭和59年11月1日69歳『遷都1200年長岡京』(京都新聞社)を著わす。
昭和59年11月11日69歳長岡京遷都1200年を迎え、長岡京遷都1200年記念実行委員会から、長岡京の発掘・調査研究・遺跡保存などに大きな功績を残したとして、記念表彰を受ける。
昭和59年11月20日69歳『よみがえる長岡京』(朝日カルチャーブックス)を編す。
昭和62年4月1日71歳京都文教短期大学名誉教授となる。
昭和62年11月3日72歳勲五等雙光旭日章を授与される。
平成3年3月22日75歳長岡京市第1回文化功労賞を受ける。
平成8年2月8日80歳京都府文化賞特別功労賞を受ける。
平成8年4月19日80歳「長岡京について」と題して最後の講演をする
平成9年4月30日81歳自宅にて心不全のため死去。戒名は「無学院精空修徳居士」
平成14年9月1日 中山修一氏の生家の一部が中山修一記念館として開館

主な「長岡京」関連著書

中山修一氏は、長岡京の発掘調査を契機に、長岡京域周辺にあまねく足を運び、乙訓地域の名所や旧跡をはじめ、地域の歴史をまとめた。
『長岡京・内と外』(昭和53年)・『長岡京市史』・『向日市史』・『神足小学校百年誌』・『乙訓の文化遺産』、自治体の広報紙などに数多くの著書や論文を著した。

『長岡京発掘』(共著、NHKブックス274、日本放送出版協会、昭和43年)
『長岡京・内と外』(日本資料刊行会、乙訓書房、昭和53年)
『新版 長岡京発掘』(共著、NHKブックス464、日本放送出版協会、昭和59年)
『遷都1200年 長岡京』(編・著、京都新聞社、昭和59年)
『よみがえる長岡京』(共著、朝日カルチャーブックス47、大阪書籍、昭和59年)

その他に『長岡京市史』『向日市史』などの自治体史や乙訓地域周辺の歴史、発掘調査などに関する報告・論文が数多くある。

幻の都「長岡京」への挑戦

長岡京への挑戦―長岡京研究にかりたてたもの―

中山修一氏が長岡京を研究するきっかけは、昭和28年に『乙訓郡誌』の長岡京を含む奈良時代の執筆依頼であった。
当時、長岡京は文献上だけの「幻の都」といわれていたが、長岡京が平安京と同様に碁盤の目のように区画されていたことを明らかにし、長岡京の全体の復元図を作成した。

昭和29年に長岡京の発掘調査に初めて着手し、翌年に朝堂院南門(ちょうどういんなんもん)跡を発見。それまで文献上の存在だった長岡京が実在したことを証明した。
以後、小安殿(しょうあんでん)、大極殿(だいこくでん)跡など重要な遺構を次々と発掘し、長岡京中枢部の全容を明らかにした。
昭和59年には長岡京遷都千二百年記念事業が市民参加で盛大に取り組まれ、長岡京が実在した都として全国に広く知られ、教科書にも記述されるようになった。

中山修一氏作成「長岡京復元地図」

ふるさとへの愛着

中山修一氏は、京都府師範学校卒業後、向日市及び長岡京市で小学校教員として勤務する。在職中、氏は子どもたちと屋外を回り、地形を学ぶと同時に地元の人々と人間関係をつくる。

終戦後、京都大学文学部史学科に入学し、地理学を勉強する。卒業後、京都市立西京高校に勤務するかたわら、長岡京の研究に没頭し、昭和29年から長岡京跡の発掘調査に着手する。翌年には朝堂院中門にあたる会昌門跡を発見し、大きな反響をよぶ。その結果、昭和39年に長岡宮で初めて大極殿跡が国の史跡となり、その後の内裏(だいり)跡、築地跡、朝堂院(ちょうどういん)跡の遺跡保存の礎となった。

昼に長岡京の解明に専念するため、全日制高校から定時制高校に勤務形態をかえ、長岡京跡の発掘調査を精力的に行うとともに、宅地開発が急激に進み、つぎつぎと失われていく地域の遺跡を守る運動の先頭に立つ。昭和41年には乙訓の文化遺産を守る会を結成し、副会長として向日市の五塚原古墳・森本遺跡・元稲荷古墳・旧東院跡、長岡京市の勝龍寺城跡・恵解山(いげのやま)古墳などの保存に取り組み、文化財保護の重要性を訴え続けた。

また、中山氏は長岡京市文化財保護審議会長など多く審議会委員を歴任し、遺跡保存運動のほかに町づくりにも参画し、その生涯をふるさとの歴史の解明や文化財保護に捧げる。

中山修一氏からのメッセージ

教師という職業の傍ら、自らの興味で40年間も長岡京にかかわった中山修一氏は、晩年に先生は、次のメッセージを残している(京都新聞連載の「たどり来し道」平成4年)。

今も地下に眠る遺構の保存と活用を

「発掘された長岡京の遺跡で、今日まで史跡指定されたのは長岡京全体から見ればごくわずかで、この保存面積は僕としては不満である。

長岡京は、平城京、平安京とともに三大古都の一つだ。

また、元稲荷、五塚原、恵解山(いげのやま)古墳など全国に聞こえた古墳も残っている。」

史跡公園として保存 調和のとれた都市に

「都があったということは大きい。
それが動機で子どもたちが歴史を好きになったり、人生を考えたり、郷土を愛する心が芽生えたりもする。」

長岡京のことを網羅した『長岡京集成』の刊行を

(中山先生はこれを最後の仕事としてもう一頑張りをしたいと願っていた。)

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長岡京市教育部生涯学習課(図書館内)生涯学習・文化財係

電話: 075-955-9534(生涯学習)、075-954-3557(文化財)

ファクス: 075-954-8500

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