第7回長岡京市障がい者基本条例(仮称)検討会議
- ID:7370

日時
平成29年10月31日(火曜日)午後1時30分~午後3時20分

場所
長岡京市立図書館 3階 大会議室

出席委員
竹内委員、奥田委員、石田委員、三好委員、西小路委員、笹村委員、武田委員、能塚委員、日野委員、西村委員、能勢委員、村山委員、渡辺委員、高石委員、千丸委員、前田委員、河合委員、小西委員代理(西野氏)

欠席委員
岩﨑委員、山条委員、梅垣委員、清水委員、佐藤委員、船倉委員

事務局
池田健康福祉部長、則武健康福祉部参事、天寅福祉事務所長、神田障がい福祉課長、渡辺障がい福祉課長補佐、杉本社会参加支援係主査、田中社会参加支援係主事、藤田福祉政策室主事

傍聴者
5名

配布資料
・資料1 パブリックコメントに基づく条例への反映案について
・資料2 長岡京市障がい者基本条例(仮称)(案)新旧対照表
・資料3 長岡京市障がい者基本条例(仮称)(案)
・資料4 長岡京市障がい者基本条例(仮称)施行後の施策展開案(案)について
・委員提出資料
資料1 パブリックコメントに基づく条例への反映案について
資料2 長岡京市障がい者基本条例(仮称)(案)新旧対照表
資料3 長岡京市障がい者基本条例(仮称)(案)
資料4 長岡京市障がい者基本条例(仮称)施行後の施策展開案(案)について

議事の内容
- 開会
- 議事
・事務局
資料1により、パブリックコメントの結果について報告。
・委員
25人で65件だったとのことだが、これぐらいの件数は普通なのか。
・事務局
条例、計画により、意見が数件のものもあれば、もう少し多いものもある。今回は、団体でとりまとめて出していただいているケースもあるので、実際の人数はもう少し多いかと。市としては多いなという印象。
・委員
団体に声かけはされたのか。
・事務局
家族会、経済協議会をはじめ、ヒアリングやワークショップを通じて知り合った団体にはお声かけした。
・委員
25人のうち、検討会議委員からの意見は何人分かわかるか。
・事務局
詳細は分からないが、団体含めて4~5名が委員だったと記憶している。
・委員
障がい当事者や関係団体からのご意見もあったのか。
・事務局
身体障がいの団体、知的障がい、精神障がいの家族会等からも意見をいただいている。
・事務局
資料2、3により、条例の条文案(第1条から第8条まで)について説明。
・委員
第2条(1)の障がいのある人の定義について、「心身の」が2回続いているが。
・事務局
誤り。正しくは「心身の機能の障がい」なので訂正させていただく。
・委員
「市民等」の定義について、「市内に居住し、通勤し、通学し」とあるが、「市内から」と「市内に」のどちらも含まれるのか。
・事務局
市内に居住される方、プラス市内に通勤、通学で入ってこられる方を想定している。
・委員
前文では「市民」、それ以外では「市民等」となっているようだが、どう使い分けているのか。
・事務局
「市民」は一般名詞としての概念。第2条で定義している「市民等」は、この条例によって何らかの役割を担っていただく対象となる人。市の法令審査委員会でも議論があり、改めて見直して規定している。
・座長
「市民」は一般名詞で、「市民等」は一人一人の個別の市民を表している。個別の市民の役割を規定しているところは「市民等」という整理である。
・委員
第2条の「虐待」の定義について、「障がいのある人をしてそれらの行為をさせる」とあるが、「~をして~をさせる」という表現に違和感があり、わかりにくい。「障がいのある人にそれらの行為をさせる」とはできないのか。
・事務局
市の法務担当とも相談をして改めて検討したい。
・事務局
資料2、3により、条例の条文案(第9条から第17条まで)について説明。
・委員
かねてから意見として申し上げているが、「交流」という表現は避けて通れないのか。交流には性格の違うグループ同士というイメージがある。共生の社会を目指すというところでこの文言を使う必要があるのか。インクルーシブ教育の概念で、「教育的ニーズに最も的確に対応できる多様で柔軟な仕組み」とあるが、現在、多様で柔軟なこどものニーズに合わせて、特に、健常児と障がい児が一緒の場でということがどこまで進んでいるのか。交流という言葉ではそこが一歩進まないのではないか。
また、保育教育のところで、「障がいについての正しい理解を促進する」とあるが、「自閉症とはこういう障がい」というステレオタイプの指導に陥らないか懸念する。
子ども同士が信頼し合い学び合う場の中で、いろんな摩擦が生じたり、協力し合わなければならない場面があり、そこでの当事者である子どもを理解する指導を通して、一緒に過ごしていくために必要なことを学ぶのが本当の障がい理解ではないか。この部分は何らかの補足、フォローができないか。
・座長
大学で障がい児保育を担当しているが、教科書に交流という言葉が出てくる。これからはインクルーシブ保育の時代と書いてある。条例は現時点で作るが、3年後、5年後まである指標として浸透させてながら共有するものであり、時代遅れにならないか心配である。
・委員
私も委員と同じように思っているが、もう仕方がないかと諦めていた。委員の立場によって意見の違いがあり、検討会議の中でどのような議論をしたかを共有しておきたい。
・事務局
文部科学省での議論では、インクルーシブ教育システムを構築する中に特別支援教育が位置付けされており、その特別支援教育を実現するためには交流、共同学習が必要という位置づけで教育行政は動いている。
インクルーシブ教育が進展していくと、こういう位置付けでの交流、共同学習は消滅していく方向になるかと思うが、一方で、特別支援教育のニーズがある子どもへの別の手立てがあるという現状では、交流の機会が必要ではないかと考える。
また、障がいのある子どもとない子どもの交流というだけでなく、一人一人の子どもの交流ということも読み取れるのではと考えている。
現場の先生方や関係機関などにこの議論を伝える中で、どういう実践を教育現場でしていくかにつなげていく必要がある。条例はこの条文で進めていきたい。
・委員代理
今の貴重なご意見を支援学校に持ち帰らせていただく。
交流及び共同学習は学習指導要領の中の表現である。
卒業後の人生を幸せに生きていける力を付けるのが支援学校の役目。支援学校の中だけで完結するのではなく、地域の小中高校に出掛けて行ったり、来てもらったりしている。
保護者が希望した場合は、年数回、地域の小学校で交流及び共同学習を実施し、中学校や高校との交流もある。
ただ、これらはあくまでスポット的な行事で、望まれるのは、日常の生活の中で自然な形でふれあっていけるような場面。できていなかった課題として学校に持ち帰りたい。
これまで支援学校に関する発信が弱かったため、今後はもっと発信していく必要があると考えている。
・座長
13条4項はどこを対象にして書かれているのか。保育所には障がい者手帳はない子も含めて気になる子は相当数通っている。分離を前提とするのか。
・事務局
平成24年頃に保育、教育の仕組みの改革があり、教育支援委員会としての見解は出すが、学校選択は保護者、当事者の気持ちによるという方向性に変わってきた。
保育の現場では加配の先生を配置しながら、健常の子と課題のある子が同じ場で保育を受けることが進んでいる。インクルーシブ保育を受けた子が成長してゆくと、インクルーシブ教育を受けることが当たり前という考え方になっていく。そのために行政の仕組みとしてどうしていくか。時間の経過も一定必要。
さまざまな局面、さまざまなお子さんが交流の機会を得られることをできるだけ増やしていくのが目標。
条例制定後、教育委員会が毎年定める「学校教育の重点」にこういう考え方が含まれていくと理解している。
・委員
事務局の発言では、学校の先生、現場に主体をゆだねるというニュアンスだったと思うが、これは教育者に対する条例ではなく市民に対する条例。交流及び共同学習とすると、分離が前提のスポット的な交流となる。市民一人一人に考えていただくための条例とするなら、学習指導要領や法令の用語だからということにこだわるのはどうなのか。
・座長
今の書き方では、交流教育のイメージが強くなってしまうのでは。例えば、(教育にあっては、交流及び共同学習)の部分を削除してはどうか。ここでいう交流は交流教育だけの交流ではないとの発言もあったので。
・事務局
13条は保育及び教育という2つの分野にまたがっている関係で、カッコの前は保育に関すること、カッコの中は教育に関することを書いている。条文のルールとしての書き方。
4項は、「市」が主語で、子どもがそういう教育を受けることができるための取組すべてを含んでいる。学校の先生に、インクルーシブ教育を理解して取り組んでいただくよう促すことは6項に規定。どの条文を根拠に進めるかは分けて考えていきたい。
・委員
私自身は、「交流」という言葉に違和感は感じない。
・委員
交流というのは共生のための手段ということが前提。
保育及び教育は保護者の責任でもある。障がいのある子どもの保護者やその周りを取り巻く子どもたちの保護者の認識も重要。法令の言葉にこだわる必要がないのではないか。
・座長
交流及び共同学習は学習指導要領にも書いてあるし、当然やることなのではないか。カッコがなければ、交流教育のイメージにもならず、同じ場で子どもたちが交流するという取り方もできるのでは。交流及び共同学習となると、基本的に分離で、時々交流というイメージになってしまうのでは。
・委員
保育と教育をはっきり分けて規定してはどうか。
・事務局
保育と教育で項を分けることは可能。交流という言葉が分離を想像させるため違和感があるということなら、逐条解説で議論が深まったことを書くなど、趣旨を丁寧に説明したい。将来的にはインクルーシブ教育の発展に伴って交流及び共同学習が徐々に解消されていくべきだろうという理念を書き込むことは可能と考える。
差し支えなければ、カッコの部分を外して交流のみで進めていきたい。
・委員
「市は、全ての子どもの成長発達を目的として、共に育ちあい、学び合う機会を推進し、それによって未来の共生社会の土台となることをも期するものとする」という条文を提案しているが、どのように検討されたのか。
・事務局
13条1項を新たに追加し、分かれての育ちを前提としないということを前面に打ち出した。実態として分離された教育がある中で、そこでの交流が必要ということで4項を残した。
・委員
1項の「共に生き」という表現は漠然としている。どの範囲を指すのか。
育ちあうという言葉はいい言葉だと思う。お互いふれあって共に生活するということをイメージできる。
・事務局
共生、共に生きることが最終的な目標なので、それを生かしたいと思っている。文科省の特別委員会の報告書にも、「共に育ち生きる」という文言があるので、そことも齟齬がない。学校の中だけで育つわけではなく、地域の中で生き、日々の暮らしが学びという考え方の中で、条例で細かく規定してしまうと十分な解釈がしにくいので、あえてぼやかしたような形をとっている。
・座長
「共に生き」ということは、条例全体にかかることなので、保育と教育に限定するなら、あえて入れなくても「共に学び育ちあうこと」でいいのでは。
4項はカッコをとって交流とするけれど、こういう議論があったことは残していくし、時代に合わせて変えていくときには議論の焦点になるという整理でどうか。
・委員
パブコメで「防犯」というワードが出てきて、条例に加えられているが、具体的にどういったことをイメージされているのか。また、相互理解の促進及び合理的配慮の提供というくくりに入っているのは、意図として合っているのか。
・事務局
障害者基本法をより具体化するというのもこの条例の趣旨の一つ。第26条の中に防災・防犯がかかれており、パブコメを受けて「防犯」も必要という認識を持った。具体的に想定する内容は、警察組織、防犯委員会などの外部の関係機関と連携した啓発など。障がいがあるために、防犯対策の情報が入ってこない方に講習会をしたり、物音が聞こえない方に防犯グッズを紹介するなどの啓発ができればと考えている。
・事務局
資料2、3により、条例の条文案(第18条以降、前文、条例名)について説明。
・委員
【委員提出資料】により、前文案についての意見を説明。
・座長
「誰もが自分の人生に希望を持ち」というところは入れたほうがいいと私も思う。特に冒頭であり、どういう条例なのかを示す最初の文章なので、そういう意味で入れたほうがいいのではないか。
・事務局
「希望を持って」については、前文全体のバランスを整理する中で、初めのところからは除き、最後に使わせてもらった。冒頭は憲法の幸福追求権に関わることなので、希望を持ってというのがなじのむかというところがあって、自立と社会参加という欠かすことのできないものをはじめに書いて、その後、実現したいものの中に希望を持ってという言葉を入れた。ご議論いただきながら最終的な前文を考えたい。
・座長
自立と社会参加なら、自立を先に持ってきてはどうか。それなら「希望を持ち」がなくても、主体的な生き方が尊重されるべきということが伝わるのではないか。
・委員
希望は欠かせないものであり、冒頭から切り離すことはできない。さまざまな選択肢という言葉についても必要。障がいのある我が子と暮らす中で、みんなと同じような選択肢がこの子にあればと日々感じている。この一文は譲歩できない。あくまでも個人的な思いだが。
・委員
個人的な意見ということなので、あとは事務局にお任せするしかないのでは。
・座長
自分の生き方を決定する中に自己選択は入っているので、そこは削除してもいいのかなと思う。ただ、入れられるのであれば、これまでの慣例とは違っても、希望を持ちという言葉を入れたほうがいいのではないかと、一委員として思う。
この辺りは、事務局と、座長として私も入って検討させていただく。
・委員
「誰もが理想的な社会として共感するものです」とあるが、本当に誰もが疑いなく共感してくれるのかと思う。行政として社会全体にプラスになるということが打ち出されている方がいいのではないか。
・座長
長岡京市として打ち出していく条例なので、共生の社会が理想的な社会のあり方ですと言い切ってしまうやり方もあるのでは。
・事務局
共生社会を目指すことの必要性がわかるように再検討したい。
・委員
向日が丘支援学校の校長先生のメールの署名欄に「自分らしく人とともに今を生きる力を」という言葉があり、とてもいい言葉だと思った。
・委員代理
向日が丘支援学校が50周年を迎えるにあたって学校教育目標を見直し、その中で一番大きな目標として掲げている言葉である。学校のベースとなる考え方として、大切にしていこうという言葉。
・委員
とてもいい言葉だと思う。まず、その子を大切にした上で共に生きるということを大切にした方がいい。「誰もが自分らしく人とともに生きていく」といった条例名はどうか。
・委員
今年度から長岡京市がシティプロモーションしている「かしこ暮らしっく」。全国に向けてアピールしており、それを入れていくのも一つかと思う。
・事務局
「かしこ暮らしっく」は「かしこく暮らす」と「くらしっくに暮らす」を合わせたプロモーションコンセプト。条例名検討にあたっても、くらしっくな暮らしに着目し、住んでいる市民が引き続き暮らせることを大切にしたいという思いもある。
「共に自分らしく暮らす」の言葉の順番だが、自分らしく暮らすという言葉のかたまりを大事にしたいという思いでこの順番にした。いただいたご意見も踏まえて、最終的には、庁内の決裁を経て、議会の議案としてまとめることになる。
・委員
前文で、社会的障壁が3回も出てくる。社会的障壁の意味の正確な説明がいるのでは。それを取り除くのが最終目標だと思うので、もう少し理解できるように整理した方がよい。
・事務局
ご指摘のとおり社会的障壁の解消はこの条例の非常に大切なコンセプト。大事な用語は第2条で定義している。この定義が条例全てにかかってくる。前文で全てを説明するのは困難。ただ、3回も出てくるのはくどいので、シンプルにできないか検討する。
・座長
自分らしく人とともに暮らすことを阻害するものが社会的障壁ということになるだろう。一番最初に出てきたときに説明するのが一般的かと思う。
・委員
精神障がい者の相談員の設置は具体的にいつ頃からか。何年も前からお願いしている。
・事務局
条例施行後の取組について、やりたいことはたくさんあるが、予算との兼ね合いもあるので、いつからスタートできるかは約束できないが、今のところ、条例施行と合わせて4月からのスタートを目指していく。
・委員
資料に新規の取組などが挙げられているが、これから3年間かけて検討するのか、それとも来年度からか。このあたりの内容が予算要求されるのか。
・事務局
社会的障壁を取り除くために、障がい福祉課として必要と考えている取組を書いているのが資料4。この中で、できることをできる限り早くということで予算要求をしていく予定。条例周知を含めて12月補正予算から取り組んでいきたい。順次、段階的に取り組んでいきたい。
・事務局
資料4により、条例施行後の施策展開案について説明。
今後のスケジュールについて説明。
本日の意見を踏まえて最終の整理をし、12月議会に提案する。次回の会議は2月中旬を予定。そこで来年度からの具体的な取組を紹介できれば。市役所だけではできないので、市民、事業者の理解を得て、協力しながら取組を進めていきたい。
・座長
以上で第7回検討会議を終了する。