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中小路市長の雑感日記(27年度バックナンバー)

[2016年4月1日]

ID:4791

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3月25日 春、今日この頃

3月23日、約1ヶ月に渡った長岡京市議会3月定例会が閉会。提案したすべての議案を可決いただき終えることができた。熱心にご議論をいただいた議会の皆さんをはじめ関係者の方々に心から感謝したい。

 

そうこうしているうちに、暦の上では「春分」を過ぎ、春の訪れを感じ始める季節となった。

さて、この二十四節気。

「穀雨」「白露」「霜降」など、日本の四季や季節の変わり目を美しい言葉で表現する素敵な日本語だ。

ただ、先日のある新聞記事に目が留まった。

3月5日頃を「啓蟄」と呼び、冬ごもりしていた虫たちが一斉に動き出す時期だとされる。

記事によれば、気象庁も、1953年から季節の移り変わりを動植物の様子で見る「生物季節観測」として、トノサマガエルやチョウや鳥など11種類、サクラやタンポポなど12種類の動植物を観察し、「初見日」「初鳴日」「開花日」などを記録に残しているのだが、近年、温暖化や都市化の影響で、そうした生物を見かける機会そのものがなくなり、観測が休止に追い込まれる事例が相次いでいるそうだ。

 

暮らしのすぐ隣にある自然を愛でる文化が少しずつ失われているとすれば寂しい。

市長室から見える桜の蕾が少しふくらむ様子を見ながら、ふとそんなことを考えた。

3月18日 ご卒業おめでとう

市長室から見える桜の蕾も心なしか少しふくらんでいる。

もうそんな時期か。少しずつ春の訪れを感じる季節になった。

日々の移ろいがとても早く感じる。

とりわけ、私たち地方自治体にとって3月は、来年度予算案などを議会でご審議いただく時期でもあり、密度の濃い毎日を過ごしている。

 

そんな中、今週は長岡京市立の中学校、小学校での卒業証書授与式が行われた。

それぞれの学校がそれぞれの工夫を凝らしながら、心温まる卒業式を行っていただいている。

中学生も小学生も期待に胸をふくらませ、次のステージに旅立つ決意を感じさせる眼差しが、まっすぐで眩しい。

 

いよいよ、議会も終盤に入る。

この子どもたちのためにも全力を尽くしていきたい。私自信もそう決意をする。

 

小学校卒業式で別れの言葉を述べる卒業生

期待に胸を膨らませ巣立つ卒業生
(3月18日、長岡第七小で)

3月11日 3.11 あれから5年

2011.3.11。あの日から5年が経った。

東日本大震災と福島第1原発の事故が起こったあの時を境に、私たちの暮らしは間違いなく「非日常」に入った。

最優先は被災地への支援や復興であったし、物流や交通、事業活動などの経済面も非常事態に陥り、電力需給や廃棄物の受け入れなどでも、私たちの暮らしにも大きな影響を与えた。

物理的な側面のみならず、気持ちの上でも、先行きの見通しも立たず、漠然とした将来への不安感が募ったし、多くの人々が被災された方々に思いを寄せた。

その意味では「非日常」を少なくとも日本全体で共有する空気があった。

 

それから5年。被災地から離れて暮らす私たちの生活は「日常」に戻った。

いつからという明確な区切りをつけることはできないが、間違いなくあの時の「非日常」を感じることはほぼなくなったと言い切っても過言ではなかろう。

 

しかし、被災地には、あるいは被災をされて避難をするため各地で暮らしておられる方々の多くは、未だ「非日常」の中におられる。

そのことを決して忘れてはならない。

3.11は決して歴史の1ページではない。現在進行中であることをもう一度心に刻む。

 

3月4日「認知症と向き合う社会」

2007年12月。認知症男性(当時91歳)の妻が、介護に疲れうとうとした10分足らずの隙に、男性が一人で自宅を抜け出し徘徊。列車事故に巻き込まれ亡くなられた。

 

今月1日、そんな事件をめぐる最高裁での上告審判決が下された。

運行被害を受けたJR東海が損害賠償を求め家族を訴えていたものであり、「認知症患者が事故を起こした場合、介護をしている家族がどこまで責任を負うのか」が焦点となっていた。

1審、2審ではそれぞれ家族が責任を有するとした判決が下されていたが、最高裁では一転、家族の責任を認めない判決が下された。

 

判決では、民法は責任能力のない人が与えた損害は「監督義務者」が賠償責任を負うと規定されているものの、監督義務については、(1)本人との関係、(2)同居の有無や日常的な接触、(3)財産管理への関わり方などを総合的に判断する必要があり、「責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか」どうかが判断の基準とされるべきだと主張。新たな判断を下した。

今回の判断は、被害を受けた側への補償という課題は残るものの、市民感情からすれば妥当な判断だと思う。

 

一方で、今後、高齢化のさらなる進展により認知症患者の数は、2012年の約460万人から、2025年には700万に達し、65歳以上の5人に1人にあたると厚生労働省は見込んでいる。

このことを考えると、今回の事件は決して他人事ではない。

 

今回の判決が、社会として認知症にどう向き合っていくのかを考えるきっかけとなればと思う。

同時に、長岡京市においても、こうした認知症の方をめぐる悲しい事件が起こらないような「見守り体制」を市民全体で築き上げていきたい。

おでかけあんしん見守りたいのステッカー

認知症の人の見守り体制には、市民のみなさんの協力が欠かせません。行方不明になった人の特徴をメールで配信する「迷い人情報メール」や、市内の事業所が見守りに協力する「おでかけあんしん見守り隊」のほか、Bluetoothを活用など、様々な事業を展開しています。ぜひご協力をお願いします!

2月26日「来年度予算に込めたメッセージ」

2月24日から長岡京市議会第1回定例会(3月議会)が開会をした。

会期は3月23日までの29日間。

 

今議会の大きなテーマが、新たに平成28年度から始まる第4次総合計画の一歩目となる来年度予算案であることは言うまでもない。

先週、ここでも触れたが、国の補正予算を活用し、平成27年度補正予算案と一体として予算編成をしたところである。

 

私は、これからの長岡京市のまちづくりを進めていくうえで、3つの戦略目標があると考えている。

一つは、より多くの人に長岡京市に住んでもらう「定住促進」を進めることだ。

この目標は最優先であり、最上位のものだと思っている。とりわけ、若い働く世代の方に長岡京市を選んでもらうことが最重点。

そのためにも、子育て環境や教育の充実はもちろんのことながら、安心・安全の基盤である防災、医療・介護の体制整備、さらには快適性・利便性を高めるための交通ネットワークの充実や自然環境や緑の保全にも努めなければならない。

二つに、雇用の創出や観光振興、賑わいづくりを通じた「交流の拡大」である。

当面の人口減少が避けられない現状の中で、地域経済の活性化や賑わいの創出を行うためには、長岡京市外との交流の拡大が欠かせない。そして、大切なことは、そうした交流から「稼げるまち」の仕組みを創りあげること。この点では、民間事業者とのより幅広い連携が必要になる。

三つに、老朽化しつつある公共施設の再編整備や更新維持、民間ストックを含めた「まちの新陳代謝」を図ること。

長岡京市の多くの公共施設が更新期に入っている。

私は、この機会こそが、再編や統廃合を含め、利便性の促進、サービス内容の充実、運営コストの効率化などを進める大きなチャンスだと思う。

このことは、民間の施設や住宅においても同様のことが言える。

市制施行以来40年あまりが経過している現在、新陳代謝を促進していくことが、未来の世代への大きな責任だ。

 

これら3つの戦略目標は、すべてが独立しているものではない。すべてが相互に関連する。

このことを念頭におきながら、3月議会ではしっかりとメッセージを発信していきたいと思う。

 

対話のわで語る中小路市長

第4次総合計画をテーマに「対話のわ」で市民のみなさんと対話しました。
(2月18日、中央公民館で)

2月19日 平成28年度に向けて~3月定例会を目前に

この1ヶ月、没頭してきた平成28年度予算案の編成作業を終えた。

来年度は、第4次総合計画のスタートの年でもあり、私自身にとっても初の本格的な予算編成でもある。

結果として、大きな一歩を踏み出す予算編成ができたと思っている。

就任以来およそ1年。

積み重ねてきた、「対話のわ」等を通じた市民との対話、議会の皆さんとの対話、そして総合計画の策定を含め進めてきた庁内での職員との対話の成果を、「形」として進めていく予算案でもある。

 

当初予算の一般会計総額としては261億7,730万円で、前年当初比約8億円の減ではあるが、今回、国の平成27年度補正予算を活用した3月補正での、実質来年度事業費5億5,852万円を加えると、約267億3,582万円と十分な事業費を確保することができた。

 

併せて、各種施策や事業の執行体制を強化する意味で、市役所組織の再編も行いたいと考えている。

 

この間、予算概要についての議会の皆さんへの説明やマスコミへの記者発表も終えた。

いよいよ始まる3月議会に向けてさらに前進していきたい。

対話のわで総合計画について語り合う

第4次総合計画をテーマにした「対話のわ」
(2月18日、中央公民館で)

2月12日 宇宙からの贈り物

冷たい澄み切った空気の空を見上げると美しい三日月が浮かぶ。

冬の星空は宇宙の深淵さと神秘さを際立たせてくれる。

 

米大学などの国際研究チームが11日、宇宙からの「重力波」の観測に成功したというニュースが新聞のトップを飾った。

重さを持つ物体はその重力によって周囲の時空をゆがめる。物体が動くことでそのゆがみが波となって伝わるのが「重力波」。別の名を「時空のさざ波」とも言うそうだ。

今回、ワシントン州とルイジアナ州の2か所にある「LIGO(ライゴ)」と呼ばれる巨大な施設で観測された。今から13億年前に2つのブラックホールが合体した時の重力波だというから、その壮大さにロマンを感じる。

今後、これまで未解明であった原始宇宙の状態やブラックホールの形成過程など長い宇宙の歴史の解明につながることが期待をされる。

時折しも、アインシュタインが一般相対性理論を打ち立て、その存在を予言してから100年。

宇宙の謎に取り組んでこられた研究者の執念とその探究心に心から敬意を表す。

 

 

2月5日 市政を身近に

委員長 「これより、採決を行います。『第1号議案 長岡小学校建替え工事について』、原案通り可決することに賛成の委員の挙手を求めます。」

(委員全員挙手)

委員長 「全員賛成。したがって、第1号議案は、原案通り可決されました。」

 

先般の日曜日。

長岡京市議会が主催をされた「親子で議場体験ツアー」の一コマだ。

休日にもかかわらず12組の親子にご参加をいただいた。

 

当日は、議会の仕組みや運営方法のオリエンテーションのほか、参加した子供や保護者の皆さんが、議員や理事者の役割を担い、常任委員会や本会議を実際に体験していただくプログラムも用意がされていた。

「長岡小学校建替え工事について」という議案が提案されたとの想定のもと、文教厚生常任委員会での質疑や本会議での討論に挑戦。子どもも大人もそれぞれに体験いただいた。

 

今年から選挙権年齢が18歳まで引き下げられる。

そんな中、市政をより身近に感じて頂く取り組みとして素晴らしいものだと思う。

主催をされた市議会に心より敬意を表す。

 

親子で議場体験ツアーで議場に立つ子どもたち

親子で議場体験ツアーの一コマ。
本物の市議会議場で議会を体験しました。
(1月31日、市役所で)

1月29日 寧波からの友人

お正月をはさんでの2ヶ月間。年末年始の慌ただしさも加わり、その時間はあっという間に過ぎ去った。

 

先日、本市の友好都市である中国の寧波市からお迎えした2名の研修生が、無事研修を終え帰国の途についた。

寧波市建設委員会の呉耀明さん、寧波書城有限公司の胡志剛さん。

私とほぼ同じ年代でもあり、気さくで誠実な人柄と研修に取り組む真摯さからもその優秀さは折り紙がつけられる。

当初は、言葉の壁や生活習慣の違いなど、初めての経験に不安がなかったわけではない。

ただ、終わってみれば、お二人のまじめで誠実なお人柄もあり、私たち長岡京市にとっても有意義であったし、それぞれ研修の受入先からも評価いただいている。

そして何よりも本市職員との多くの友情を紡ぐことができた。

 

「中国という国の印象や見方が大きく変わりました。」

「視察先など案内する中で、自分自身、とても勉強になりました。」

お二人の送別会の席で、ある職員がそんな言葉を私にかけてくれた。

笑顔で酒を酌み交わす姿を眺めながら、今回の研修交流の成功を確信した。

 

これからのお二人のご活躍を心より祈念する。太謝謝你了!

寧波市からの研修生との記念撮影する市長と副市長

長岡京市役所での研修を終えた呉さん(中央左)と胡さん(中央)と記念撮影。
2ヶ月間の研修お疲れ様でした。
再見!
(1月22日、市役所で)

1月22日 2つの出来事から

今月15日に発生した長野県軽井沢町でのスキーツアーバス転落事故では、15名の尊い命が失われた。未来ある多くの若者が犠牲になったことは残念である。心からお悔やみとお見舞い申し上げる。

その後の報道によれば、事故発生に至った要因や運行会社の杜撰な管理体制が明らかになりつつある。

2度とこうした悲劇がおこらないような対策が求められる。

 

岐阜県内の産廃業者が大手外食チェーン店の廃棄処分品を横流ししていた問題。

横流しされていたのは、最初に発覚した有名カレー店の商品にとどまらず、大手メーカーや流通各社の商品にまで拡大をしているようだ。

信頼の前提となる「当たり前」のルールさえ守られていない実態に衝撃を受けざるを得ない。

 

まったく関連のない2つの事故と事件。

いずれも、関係した事業者の無責任さや正義・モラルに反する行為は決して許されるものではなく、その責任は厳しく追及されなければならない。

 

しかし一方で、これらを鳥瞰的に重ね合わせて考えるとき、その背景には「安さ」を追求する市場での激烈な競争があるのではないだろうか。

市場原理においては、価格を基軸に消費者と供給者がせめぎ合うことが本質的な機能であり、「安さ」を競い合うのは必然だ。

とはいえ、私たち消費者の側が、あまりにも「安さ」という基準を評価の最優先事項にし過ぎてはいないだろうか。

もちろん市場にはルールがある。そのルールを破った供給者側に否があることは間違いない。

しかし、事業者に「ルールを破ってでも…」と思わせたのが、消費者の「安さ」に対する要請であったとしたら。

私も一人の消費者として、考えなければならないことがある。

1月15日 成人式に思う

初めてパソコンを使い始めたのは丁度、大学院に進学した頃だった。

その後、爆発的に普及するパソコンやインターネットが普及し始めたのも丁度この頃。「Windows95」の発売はまさにこの時代を象徴する出来事でもある。

大学の卒業論文をワープロでせっせと書いたことからすると、使い勝手の良さに感心したものだ。

しかし、当時を思い返すと、ネット接続にもダイヤルアップの設定をしたり、プリンターを使うにもドライバーをインストールして…と、機械に疎い私にとっては、苦労もまた多かったことを思い出す。

それから20年。

この間の技術の進歩、ネット環境の拡大、それに付随するビジネスやサービスの登場など、これほどまでの変化を果たして当時、想像することができただろうか。

 

そんな時代に生まれた子どもたちが、今年、成人を迎えられた。

彼らが、私の年代に達するまでおよそ20年。

果たしてどんな世界が待っているだろう。

きっと、今では想像できないような環境や社会になっているはずだ。

そして、そんな時代を切り開いていくのは、今の若い世代に違いない。

成人式に臨みつつ、そんなことを考えた。

 

成人式にサプライズゲストで登場した海堀あゆみ選手に花束を渡す市長の写真

成人式にサプライズゲストとして登場した本市出身の海堀あゆみ選手に、市スポーツ賞スポーツ特別顕彰を贈呈。海堀選手からお祝いのメッセージが贈られました。
(1月11日、長岡京記念文化会館)

1月8日 平成28年 年頭に際し

皆さん、新年明けましておめでとうございます。

平成28年、2016年の輝かしい年が始まりました。

今年は、例年にない暖かく穏やかな日が続き、皆様におかれましてはご家族ともにお正月をお迎えになられたことをお慶び申し上げます。

 

さて、平成28年は長岡京市にとりまして、15年先を見据えた第4次総合計画のスタートの年となります。

「住みたい 住み続けたい 悠久の都 長岡京」を目指し、大きな一歩を踏み出す年でもあります。

私自身も、就任1年を迎え、これから本格的な来年度予算案の編成作業に入ります。

この1年間、市民との対話、議会との対話、職員との対話を積み重ねてきた議論を『かたち』として示していくためにも、全力でその仕事に取りかかる所存です。

 

今年は申年。干支の「申」という字は、天に向かってまっすぐ伸び行く様を表しているとのこと。

申年にあやかり、本市も大きく伸び行く一年にしてまいりたいと存じますので、本年もご指導、ご鞭撻賜りますようお願い申し上げ、年頭のご挨拶とさせていただきます。

 

 

市職員を前に年頭のあいさつをする市長

市職員への年頭のあいさつ
(1月4日、市役所で)

12月25日 理論から実践へ

例年より暖かいクリスマスイブ。雰囲気をあまり感じられない中で、この原稿を書いている。

今年4月から、週1回の頻度でこの『雑感日記』を書き始めてから36本目の原稿。

改めて読み返して見ると、様々な出来事があったとつくづく思う。

そして、これが今年最後の原稿になる。

 

私自身の人生訓に、次の言葉がある。

「理論なき実践は暴挙である。実践なき理論は空虚である。」

 

市長職にあると、市民から多くの期待を頂戴するし、その実現に向けたスピードも要求される。その傾向は最近つとに増しているように思える。

その意味でも、目に見える成果を早く出したいという誘惑に駆られることも多い。

ただ、性急に結果を出すことに固執をし過ぎてしまうことにも危うさがつきまとう。

課題の本質を見極めること。気分ではなくデータ等に基づく現実を直視すること。環境の変化を可能な限り想定すること。より多くの選択肢を検討する中で判断をすること。狭い視野ではなく複合的な視点を持つこと。

そうした積み重ねの中での徹底的な議論を経ていくことが極めて重要であり、決定はその先になされるべきだと思う。もちろん、これらの作業にスピード感が求められるわけではあるが。

 

年が明ければ、来年度予算の編成作業が本格化をする。

この間、議論は積み重ねてきた。

まさに理論から実践へと転じる時期がきた。

そのためのさらなる議論と熟慮を重ね、新しい総合計画のスタートに当たって加速していける予算を編成していきたい。

その覚悟を申し上げ、今年の締めくくりの筆をおく。

 

新たに迎える年が皆さんにとって素晴らしい一年になりますように。

 

 

12月18日 手帳をあらためながら

この季節、来たる年に向けて手帳を新調する。

新たな年を迎えるにあたって気持ちを改め、どんな年になるだろうと思いをはせながら、まっさらな手帳に来年のスケジュールなどを書き込む作業は、ワクワクするものだ。

気持ちを前に向けるための儀式だともいえよう。

 

そんな作業をしていて、ふと気づく。

市長に就任して間もない頃に出席した行事などがまたやってくる。

そう。あれから1年が経とうとしている。

 

市長という仕事を「知る」ための一年でもあった。

一つひとつの行事の内容や年間を通じてのスケジュール感、仕事の進め方、市役所の習慣や文化。

自分の思いを実現しようとひた走った一年でもあった。

手応えや充実感を感じるものもあれば、焦りや歯がゆさを感じる場面もあった。反省すべき点も多々あろう。

ただ、すべてを通じて、学び得たものが大きいことは確信できる。

 

さて、来年はどんな年になるだろう。期待を込めて。

 

 

12月11日 お詫び~長岡京市職員の逮捕を受けて

12月7日、本市 上下水道部の職員が収賄容疑により京都府警察に逮捕されました。

こうした事態が生じたことで、市民の皆様方、関係者の皆様方には多大なるご心配とご迷惑をおかけしていることについて、心より深くお詫びを申し上げます。

本当に申し訳ございません。

 

こうした事案が発生したこと自体、極めて遺憾なことであり、あってはならないことです。

同時に、大変悔しく残念にも思っています。

長岡京市では過去の教訓を活かし、多くの先人たちが不正の起こらない仕組みを構築してきたし、職員一人ひとりもその教訓を胸に公務員として、公権力の行使者として倫理観や正義感を胸に職務にまい進をしています。

事実、多くの職員はまじめに懸命に職務に取り組んでいます。私はそう信じています。

 

しかし、今回の事件は生じました。

そして、多くの努力によって築き上げてきた信頼は一気に崩れてしまいました。

その現実から目をそらしてはなりません。

 

なぜこうした事件が起こったのか。

すべての可能性を排除することなく、まずは確実な全容解明に努め、再発防止に向けた歩みを着実にすすめて参ります。

そしてもう一度、ゼロから信頼を回復していかなければなりません。

市民の皆様にも厳しい目で、その歩みを見守っていただきたく存じます。

 

 

12月4日 師走~市議会12月定例会が開会

いよいよ師走。慌ただしさが増す季節になってきた。

12月3日から長岡京市議会12月定例会が開会をした。会期は18日までの16日間。

 

来年度28年度からスタートする第4次総合計画の基本構想・基本計画を議会で議決いただいてからこの間、具体的な実施計画について庁内で議論を重ねてきた。

今12月定例会では、来年度以降、私たち行政として「何を目指し」「どのように取り組んでいくのか」を明らかにしていく大変重要で貴重な機会だと位置付けている。

同時に、来年度予算の編成作業が進みつつある。

庁内で重ねてきた議論の中で、私自身の考え方も相当伝えてきたつもりでもある。

中長期的な指針となる実施計画。それに基づく平成28年度予算案。

 

これらの作業を精力的に進めながら、市長就任から1年を迎えることになりそうだ。

初心を忘れず、職務にまい進をする覚悟だ。

 

 

11月27日 出会いを大切に

市長という職を頂戴していると本当に多くの方と出会う機会をいただく。

振り返ってみれば、仕事を始めてからも、国会議員の秘書、府議会議員という職業柄もあるのだろうが、色んな方々との出会いの機会に恵まれてきた。

今日の自分は、多くの人との出会いを経て培われてきたのだろう。

そう考えると、自分自身の恵まれた環境と出会った皆さんへの感謝の念に堪えない。

 

人間は人の背中を見ながら成長するものだと思う。

決して、明示的に「何かを教えてもらい」、具体的に「何かを得る」という関係性ではなく、会話の中から共感を得たり、仕事を通じてその姿勢に感銘を受けるといった、出会いを発端としたコミュニケーションから、「こうなりたい」「学びたい」という気持ちになるということ。ある種の「憧れ」に基づくモチベーションと言ってもよいのかもしれない。

昔に比べ少しは成長したかもしれない自分を思い返すと、そうした出会いに恵まれてきたのだと思うのだ。

 

そんなことを東京から帰る新幹線の中でふと考えた。

出会いや再会。実りの多い2日間でもあった。

 

 

11月20日 中国寧波市へのシティプロモーション

「中国経済が減速」「魅力的な中国市場」

そんな言葉をよく耳にする。

しかし、中国という国は広大であり深い国だと思う。

すべてを「中国」として一括りで認識することは現実を見誤るのではないだろうか。

それが、今回、シティプロモーションの一環として友好都市・寧波市を訪問した率直な感想だ。

わずか3日間の訪問ではあったが得るものは大きかった。

 

確かに、中国経済の成長がマクロとして鈍化してきていることは事実なのだろうが、建設ラッシュを感じさせるまちの雰囲気や行く先々での生活の様子からは、そのことは感じられない。

また、寧波市の人口は住民票ベースで700万人を超え、地方から流入している労働者等を加えれば1,000万人を超える人々が生活をしている。まさに寧波市だけでも東京都に匹敵するくらいのマーケットだと言える。

 

今回の訪問では、寧波市の蘆子躍市長との会見や長岡京市の産品展示ブースの設置など次の展開につながる橋頭堡を築くことができた。

まさに、これが第一歩。

これからの展開にご期待をいただきたい。

 

寧波市に開設した長岡京市物産ブースの除幕式

寧波市の国際展示場に長岡京市物産ブースの開設を記念した除幕式
(11月14日、寧波市国際展示会議展示センターで)

11月13日 雨のガラシャ祭

やはり雨だった…。残念。

11月8日に行われた「ガラシャ祭2015」の時代行列は雨天のため中止。長岡中学校の体育館でのセレモニーの開催となった。

それでも、楽市楽座の会場の勝竜寺城公園・ニチユグランド、中央公民館はそれなりの人出で賑わい、体育館でのセレモニーにも友好都市である伊豆の国市の皆さんや来賓、多くの市民にご参加いただき、無事に祭を終えることができた。

雨が降りしきる中、出店いただいた各ブースの皆さん、警備等にご協力いただいた団体・事業所の皆さん、ステージでの催しや行列にご参加いただき祭を盛り上げていただいた市民の皆さん、そして祭の開催に数えきれないほどのご協力を頂いた実行委員会の皆さまに心から感謝を申し上げたい。

 

さて、天気予報によれば今週末も少し愚図つくようだ。

私は明日、金曜日から日曜日にかけて、友好都市として30年以上の歴史を有する中国・寧波市へ長岡京市の物産品のプロモーションに出かける。是非、有意義な成果を残したい。

 

長岡京音頭と伊豆の国音頭を一緒に踊る両市の音頭保存会

姉妹都市の伊豆の国市からは約40人にご参加いただきました。
長岡京音頭保存会のみなさんと一緒に、両市の音頭を披露。
体育館が祭の活気で溢れました。
(11月8日、長岡中体育館で)

11月6日 ガラシャ祭2015 行列巡行を前にして

また携帯の画面に目を落とす。立ち上げるのは天気予報のアプリ。

手が空くたびに繰り返す。これほどまでに天気が気になることはそうない。

 

今週末、11月8日の日曜日は『長岡京ガラシャ祭2015』のメインイベントでもある行列巡行と楽市楽座が行われる。

この間、先週10月31日からすでにガラシャウィークとして、各種イベントが開催されている。

各種催しや展示、出店、落語会、コンサートやライブなどなど。

11月3日には、明智光秀の子孫でベストセラー作家でもある明智憲三郎さんによる「ガラシャの父明智光秀と本能の変の真実」と題した講演会も大盛況のうちに終えた。

そして、いよいよ今週末のフィナーレへ。

ここ3年ほど、当日の天候に恵まれてこなかった。

現在(執筆は木曜日)の週間予報では「曇り時々雨、降水確率50%」とのこと。

さて、今年はいかに?

 

昨年のガラシャ祭のお玉さん

昨年はお昼頃に雨が上がり、行列を巡行。
今年こそ晴天を!
(昨年のガラシャ祭の様子)

10月30日 無心での作業

肌寒さを感じるほどの冷たい凛とした空気。木々の間から差し込む太陽の光。

そんな中で、一心不乱にのこぎりを挽く。

「倒れるぞ」

そんな声が静寂の中響く。

 

先日、西山森林整備推進協議会の森林ボランティアに参加させていただいた。

市民や森林ボランティア、地元地域、企業、行政職員など多くのご参加を頂き、秋深い西山でともに汗を流した。

この歩みは10年を超えた。その成果は間違いなく現れつつある。

 

自身、実際の間伐作業に携わらせていただくのは初めての経験。

ただひたすらにのこぎりを挽き木を倒す。倒れた木をさらに切り、枝を掃う。その繰り返し。

単純な作業ではあるが、何も考えずに手の力が続く限り挽き続ける。無心とはこういうことなのかもしれない。

日曜日の朝。こういう休日の過ごし方もまた素敵なものだと思う。

 

西山森林ボランティア行事でのこぎりで木を切る中小路市長

全てを忘れて一心にのこぎりを挽く。
西山の自然を次の世代へ引き継ぐための大事な作業。
(10月25日、西山キャンプ場周辺で)

10月23日 始まりと終わり

喜びを爆発させる歓喜。思いとは異なる複雑な表情。

悲喜こもごもはあるものの、爽やかさと清々しさを感じさせてくれる場面。

それがこの季節恒例のプロ野球ドラフト会議だ。

今年も数多の選手に注目が集まる中で、それぞれ選手の数だけ、ドラマの幕が切って落とされたことだろう。

日本国中、ドラフト会議に関心が集まるのは、「何か新しいことが始まることへの希望」をそこに見るからではないだろうか。

プロとして選ばれし球児たちの言葉には新しいスタートへの希望や夢がみなぎっている。

 

その対極とも言えるのが、一連の野球賭博をめぐる事件である。

まだ全容が解明をされたわけではないのだろうが、プロ野球への信頼、選手たちの矜持、子どもたちの希望を壊した許されざる行為であることは否めない。

それぞれの物語には始まりがあれば終わりがある。

こんな悲しい結末はご免こうむりたいものだ。

 

10月16日 出張月間

今月10月は各地への出張が重なっている。

先日も長野市で開催された全国市長会主催の『全国都市問題会議』に参加をしてきた。

今回のテーマは「人口減少に立ち向かう 連携の地域活性化戦略」。

2日間にわたり講演や報告、パネルディスカッションなどが行われた。

 

中でも私の印象に残ったのが観光地域づくりプラットフォーム推進機構会長の清水愼一氏による講演。清水氏はJR東日本やJTBの役員を務められた観光のプロ。現在はその経験を活かし、各地で観光「地域づくり」に取り組んでおられる。

観光「地」づくりではなく、観光「地域」づくりと主張されるように、観光関連業界だけが潤うのではなく、地域全体が潤う仕組みが大切で、その意味では、「まちづくり」そのものを観光の視点から考えようというのが一貫した主張。

そのためにも、観光に来られるお客様目線でのニーズの把握、とりわけデータでしっかりと補足をすることが重要だとも。

そして、そうした観光客のまちづくりへのニーズは、そのまちに住んでいる人々、特に高齢者のニーズとも重なり合うことも多いという指摘は新しい視点でもある。

ゆえに「観光」という「視点」での「まちづくり」ということになるのであろう。

 

さて、今週は全国土地改良大会のため青森へ。月末には乙訓市町会で大分・熊本へ。

次は、何を得て帰れるだろうか。

 

10月9日 防災と自治

先月の終わりに、長岡京市の平成27年度防災訓練を、今年度は長岡第四小学校区において実施をした。

有馬―高槻断層を震源とするマグニチュード7.2の直下型地震が発生をしたことを想定しての訓練。

 

今年度の特徴を言えば、より住民参加型の訓練へシフトした点だと思う。

特に、京都府災害ボランティアセンターのご協力もいただいて実施をした避難所運営訓練は私にとっても印象深いものだった。

自治会等を中心とする自主防災会が避難所となる体育館へ避難をされてこられる。

被害は甚大。避難期間も長期化が予想をされる中で、様々な運営ルールを決めなければならない。

コーディネーターの方からは、これまでの阪神淡路大震災や東日本大震災の経験から、行政にルール決定の役割を期待しても、行政マン自身が被災をしていたり、全体状況の把握や個別対応に追われる中で、その役割を果たすことができない現実を指摘。

 

つまり、ルールを決めるのは住民自身でしかあり得ない。

消灯時間やペットの持ち込みの可否、高齢者や要配慮者への対応など、絶対的な正解がない中で決定をしてくことに慣れなければならない。そんな話をいただいた。

これらは、防災面だけではなく、「自治というものの基本原理ではないか」。そんな思いを強くさせられた。

 

 

避難所運営訓練で住民に向けて語りかけるコーディネーター

参加した市民のみなさんは、災害が起こった時を想像し、「避難所では全員がストレスを感じながら生活することになる。その中で何を優先するかは、自分たちで決めなければならない」というコーディネーターの言葉に真剣な表情で、耳を傾けていました。
(9月27日、長岡第四小で)

10月2日 ゴールではなくスタート

市役所の周りもキンモクセイの香りが漂う季節になった。いよいよ10月。

去る9月29日。約1ヶ月におよんだ長岡京市議会9月定例会も閉会。

提案をさせて頂いた本年度一般会計補正予算案や決算認定議案、総合計画に係る基本構想、基本計画などすべての議案を可決、認定いただくことができた。

それぞれ議会の中で頂いたご指摘やご意見については真摯に受け止めていきたいと思う。

中でも、15年間のまちづくりの目指すべき姿を示した総合計画の「基本構想」「基本計画」は、昨年来、多くの市民の皆さんにご議論をいただき、市に対してご提言を頂いた目標であり、市民と行政の契約事項だと考えている。

航海に例えるなら、最終目的地が「基本構想」であり、「こども」「くらし」「かがやき」「まち」「みどり」「けいえい」の各分野の姿を示した「基本計画」はそこに至るための座標軸だ。

そして、この船のかじ取りを任されているのが私たち行政。これから生じる航海の経路や海流や気象と言った諸条件を想定しながら、実際の航海を行っていかなければならない。

その具体的な航海計画と日々の運航にあたるものが、これから策定をする「実施計画」とそれに基づく毎年度の予算編成と執行。

その意味では、これから私たち行政の手腕が問われるのはまさにこれからである。

今回のご議決はゴールではなくスタートなのだ。

秋深まる季節。私たちは一歩も立ち止まってはいられない。

 

9月25日 もうひとつのシルバーウィーク

秋の大型連休「シルバーウィーク」。皆さんはいかが過ごされただろうか。

5月のゴールデンウィークに類してそう呼ぶそうだが、まだまだなじみの少ない言葉でもある。

平成10年の法律改正によりハッピーマンデー制度が創設され「敬老の日」が9月第3月曜日になったことを受け、秋分の日が水曜日に重なる年には、間にはさまれた火曜日が「国民の休日」となることから大型連休となる。

 

さて、そうした成り立ちもあり、シルバーウィークの前後には、多くの敬老会や集いなど関連行事が催され、私も出席しお祝いさせていただいた。

ご長寿のお祝いを申し上げると同時に、皆さんの元気なお姿からたくさんの勇気を頂戴する。

中でも印象的だったのは、本年度新たに100歳を迎えられる方々などのお祝いに伺った際の言葉。

今年100歳になられる方は、20代で戦争を経験された世代。男性の方は出征されていた方も多い。

ポツリポツリと語られる戦時中のお話。決して多くは語られないが、何か若い私たちの世代に伝えたいことがあったのかもしれない。

戦争を経験された方々の言葉に耳を傾ける。そして、戦争について立ち止まり考えてみる。

そんなシルバーウィークがあってもよいのかもしれない。

 

 暦のめぐりからは次のシルバーウィークは2026年だという。その頃のこの国はどんな国になっているだろう。

 

9月18日 川の恐ろしさ

胸いっぱいに空気を吸い込む。

朝の凛とした冷たい空気とともに、草木の香りが鼻の奥を刺激する。その中に混じる少し甘い花の香りが秋の訪れを感じさせてくれる。

早朝の小泉川。静かな川沿いを歩けば、繁々と育った草木の中で、色とりどりの花が咲き誇っている。喧騒とは一線を画した静けさの中、水の流れる音が心地よい。

そんな、五感を総動員させながら川を歩く贅沢。古来より、川があるところに人が住み着いてきたという事実は、単に物質的な豊かさを求めてのことだけではなく、精神的な豊かさの源泉でもあったからかもしれない。

 

しかし、時に川はその表情を一変させる。

先般の北関東、東北地方を襲った大雨による河川の氾濫は、川の恐ろしい一面を私たちにまざまざと見せつけた。いとも簡単に、人々の日常を奪い去る恐ろしさを。

今なお、多くの方々が避難生活を強いられている。被災をされた皆様に心からお見舞いを申し上げるとともに、一日も早い復旧と復興を心から願う次第だ。

そして、その恐ろしさを決して他人事とは思わず、受け止めていかなければならないと思う。

 

2年前の台風18号の際に増水した小畑川

全国で初の特別警報が京都府に発表された2年前の台風18号。
小畑川と桂川が増水し、雨と川の恐ろしさを改めて知らされた。
(平成25年9月16日、大門橋周辺)

9月11日 子どもたちの発想力と行動力

セミの声が虫の音色に変わりつつある季節。

毎朝、元気に学校へ通う子どもたちの姿と声が、夏の終わりと新しい季節の訪れを告げている。

 

先日、本市教育支援センター主催の「小学生アイデア作品展」を見学した。

夏休み、子どもたちが知恵をしぼり、汗を流した工作や自由研究などの力作が堂々と並んでいる。

正直、こいつが苦手だった我が身を振り返ると、彼我の差にしばし言葉を失うほどの出来栄えだ。

 

カブトムシの行動記録を統計的に分析した研究。

仮説と検証を繰り返し「紙」の強度を比較した実験。

素数から導き出した糸が織りなす模様が美しい作品。

おじいさんから聞いた戦時中の体験を綴ったレポート等々。

 

挙げれば切りが無いほどの作品や研究ひとつ一つが、誇らしげに存在を主張している。

柔軟な発想力と圧倒的な行動力。

これからもその力を大切にしながら育つことを願う。

素数で作った曼荼羅

素数から導き出した糸が織りなす模様が美しい作品。
柔軟な発想に驚かされる。
(9月5日、中央公民館で)

9月4日 日本のいちばん長い日

先日、この夏に封切られた映画「日本のいちばん長い日」を観た。

映画を観に行こうとしたきっかけはたわいもないこと。

長岡京市の柳谷観音楊谷寺が主役でもある阿南陸軍大臣(役所広司)の官舎のロケ地として活用されたり、京都府庁旧本館も陸軍省として利用されるなど、身近な景色が映画の中に登場する。これも映画のお楽しみでもある。

さて、映画の原作は半藤一利の傑作ノンフィクション「日本のいちばん長い日決定版」。

太平洋戦争末期、戦況が悪化していく中で、この国がどう対応すべきなのかという議論の過程がそれぞれの立場から描かれる。そして、ポツダム宣言の受諾と降伏の決定。その瞬間から、1945年8月15日正午、玉音放送が流れるまで、この国の最も長い一日に、誰が何を思い、どう振る舞ったのか。果たしてそれは正義か、悪か?

教科書で習う事実。その事実を深く掘り下げていけば、決して善悪だけでは語りきれない出来事に向き合わなければならない。それをいかに解釈し、受け止めていくか。

戦後70年という節目の夏に、深く考えさせられる作品に出会うことができた。

柳谷観音楊谷寺の上書院からの紅葉

阿南陸軍大臣の官舎のロケ地となった柳谷観音楊谷寺の上書院は毎月17日に一般公開されています。秋には、まるで絵画のような紅葉を楽しむことができます。
(柳谷観音楊谷寺、写真は昨年の様子)

8月28日 台風の季節

台風のあとの青空磨きたて(津田このみ/月ひとしずく)

 

夏の終わりに日本列島を駆け抜けた台風15号は、けが人が生じるなど各地で被害を及ぼすとともに大きな爪痕を残した。

幸いにして本市においては、進路が少し西側にずれたこともあり、事なきを得た。

とはいえ、先月7月17日から18日にかけての台風11号による大雨では、最大24時間降雨量が、本市で観測史上最大となる278ミリに達するなど、年々、季節外れの台風が私たちの暮らしに、大きな影響を及ぼしていることもまた事実だ。

先般の大雨でも、実際に土砂災害警戒情報や桂川の水位が氾濫注意水位に達したこともあり、市内7か所に避難所を開設し、100名を超える方が実際に避難をされた。また、農地や山間部、竹林においても路肩崩壊や法面の崩落、小泉川でも護岸が崩落するなど被害も生じている。

 

冒頭の句にあるように「台風」の季語は秋。これからが本格的な台風シーズンともいえる。

私たち行政も万全の体制で臨みたい。

市民の皆さんも、ぜひ「防災ハザードマップ」をご確認いただくなど備えを怠らないようにお願いしたい。

長岡京市防災ハザードマップの表紙

ハザードマップでご自宅が土砂災害や川の氾濫、地震被害などの危険がないか確認し、ご家族で避難の必要性や避難所についても話しておくと、いざという時に安心です。

8月21日 夏休みの悲しい事件

お盆も過ぎ、朝夕、ほんのわずかではあるが夏から秋への移ろいを感じ始めた季節。

それぞれの夏休みを終えて日常に戻られた方も多いだろう。

かく言う私自身も、先週、夏休みを頂戴することができた。日頃の罪滅ぼしというわけではないが、家族サービスに全力を注いだというのが自らの評。受け止めた家族の評価は定かではないが、子どもたちが絵日記で取り上げてくれていたことに、ひとまず胸をなでおろす。良い夏休みの思い出になってくれることを願う。

そんな夏休みの思い出づくりだったのだろうか。

近隣の高槻市で寝屋川市の女子中学生の痛ましい遺体が発見をされた。行動を伴にしていた男子中学生の行方も未だ不明だ。亡くなられた女子中学生には心からお悔やみを申し上げるとともに、行方のわからない男子中学生の無事を祈るばかりだ。

連日の報道からは、二人の行動や背景はいまだはっきりしないが、何らかの事件に巻き込まれたことは明白だろう。夏休みの悲しい事件の、一日も早い解決を望む。

8月7日 対話のわ

市長と語る「対話のわ」。

6月に初めて開催した時には名称も決まりきっていなかった広聴活動も、いよいよ名称も決まり始動。

8月5日には地域開催のトップとして長七小で開催をさせていただいた。

何とか年内の日程の隙間を縫うかたちで、各10小学校区で開催をしていきたいと思う。

また、8月23日には「これからの協働とパートナーシップのあり方」をテーマにしたワークショップ形式の開催も企画をしている。

特定のテーマを決めずにフリーな「対話」を通じて、市民ニーズや市の施策に対する温度感を汲み取っていけるような場。あるいは私たちの考え方を共有させていただく場。

テーマを設定し「対話」を通じて具体的な施策等についてアイデアを募る場。次の行動へとつなげていけるような場。

方法論については試行錯誤を繰り返さなければならないかもしれないが、

個々人の価値観が多様化する中で、「市民」と「行政」の歩調を合わせていく大事な作業だと思う。

何よりも継続していくこと。積み重ねていくことを大切にしたい。
対話のわで話す中小路市長

防災や自治会のことなど様々な意見を交わしました。
(8月5日、長岡第七小で)

7月31日スポーツの夏

文字通りうだるような暑い日が続く。

そんな暑い夏の到来とあわせて、熱い戦いが繰り広げられた。

全国高等学校野球選手権大会京都大会。地元、長岡京市の乙訓高等学校野球部の球児たちが4強まで勝ち上がる活躍をしてくれた。

初戦から4回戦までを順調に勝ち上がる。つながる打線と得点力。充実した投手陣と継投策。堂々の勝利を積み上げての準々決勝、準決勝とわかさスタジアム京都へ応援に駆け付けた。

自身10年ぶりの高校野球の応援になるだろうか。

炎天下、目の前で甲子園を目指す直向きな球児たちのプレーに感動を覚える。もちろん、スタンドから声援を送る仲間や生徒たちの姿を含めて。

「清々しさ」

その一言がふさわしい。

結果はきっと悔しいだろう。その悔しさは、ともに戦った彼らにしかわかり得ないと思う。

それでも、多くの人に感動を与えてくれた球児たちに心から感謝を伝えたい。ありがとう。

長岡京市では、今週末から「若葉カップ全国小学生バドミントン大会」が、来週には「近畿高校総体バドミントン競技」が、それぞれ西山公園体育館で始まる。

同じく、熱くて清々しいプレーを期待する。まさにスポーツの夏到来。

スタンドから声援を送る乙訓高校の生徒

10年ぶりのベスト4進出。
スタジアムは大きな声援に包まれました。
(7月26日、わかさスタジアムで)

7月24日2冊の本~人間は自然の一部か?

先日、2冊の本が届いた。いずれも本市とのご縁を頂戴している方から、出版を期に謹呈頂いたものだ。少しご紹介させていただこう。

一冊目は、長岡京市ご出身のNHKプロデューサー井上恭介氏著『里海資本論(角川新書)』。

話題となった前作、藻谷浩介氏との共著『里山資本主義(角川新書、2013年)』の続編でもある本書は、瀬戸内海という「里海」での取り組みを具体的事例として取り上げながら、人間と自然の関係性をめぐる新しい視点・思想を提起するものだ。

もう一冊は、サントリーホールディングスのエコ戦略部チーフスペシャリスト山田健氏著『オオカミがいないと、なぜウサギが滅びるのか(集英社インターナショナル)』。山田氏には西山森林整備推進協議会による森林保全で大変ご尽力をいただいている。食物連鎖の仕組みから見た生物多様性、森林や土壌の仕組みを軽快な語り口でわかりやすく解説をしていただいている。

たまたま、同じ時期に頂戴した2冊の著書に共通したテーマが根底にあっておもしろい。

本来、地球の持つ複雑に絡み合った生態系・自然の偉大な仕組みと力。その中で、人間はどこに位置をし、何をすべきか?そもそも、人間は自然の一部なのか、対峙するものなのか?

戦後、目覚ましい経済成長を遂げた我が国にとどまらず、膨張を続ける世界全体に対する警告であり、思想の転換を促す問題提起とも言える著作。是非、ご一読を。
里海資本論とオオカミがいないと、なぜウサギが滅びるのかの表紙写真

井上恭介著「里海資本論」(角川新書)
山田健著「オオカミがいないと、なぜウサギが滅びるのか」(集英社インターナショナル)

7月17日 就任から半年を経て

気が付けば一日が終わっている。そんな毎日の連続だったと思う。

書き込みで真っ黒になった手帳をめくりながら、今日の日付を見て思い起こす。

「そうか。半年か…。」

この週末で、市長に就任させていただいて6か月が経とうとしている。

一言で言ってしまえば「あっという間」の半年だった。ただ、一つひとつの出来事を振り返ってみれば、色々なことが凝縮されており「長かった」気がしないでもない。

就任当初は「慣れる」ことや仕事を「こなす」ことに追われていたのが事実。ここにきて少しずつ先を「考える」ことができるようになってきたと思う。

この半年を自己評価させていただくなら100点満点中の50点というところだろうか。

「できていること」半分。「できていないこと」半分。

この機会に「できていること」と「できていないこと」を自分なりに整理をしてみる。その作業が、次の半年への大きな原動力になるはずだ。

初登庁の際に聴衆の前であいさつする中小路市長

大勢の市民のみなさんに迎えられた初登庁から早くも半年。
(写真は市役所前での1月19日の初登庁の様子)

7月10日 自治体の活動をどう評価するか?

私たち自治体にとって、様々な活動をどのように評価していただくのか?

古くからのテーマである。

営利企業のように「利益」という絶対的な物差しがあるわけではない。

自治体の究極の目標は、住民福祉の向上であるが、市民の安心・安全の確保、地域活力の創出などその活動は多岐にわたるし、その到達点を明示することは難しい。

現在、長岡京市では、次の15年間の市政運営の指針となる第4次総合計画の策定作業を進めており、基本構想と5年後の目指すべき姿を示す基本計画の案文を議会にお示しをしたところである。

あわせて、庁内において、その内容をより理解していただきやすいよう『計測指標(ベンチマーク)』の設定を検討している。

たとえば、「合計特殊出生率」や「自治会加入率」、「観光客一人当たりの消費額」などを示し、様々な施策や取り組みを行った結果として、こうした数値がどう変化していくのか(あるいはどう変化してきたのか)しっかり補足しようとする試みだ。

これらの指標は、(1)市民から見て理解しやすいコミュニケーションツール、(2)結果を評価していくための座標軸、(3)各担当部局の使命(ミッション)の確認、に寄与するものだと考える。

多くの市民のご意見をお聞かせいただきながら取りまとめてきた基本構想や基本計画に魂を込めることに注力していきたい。

ベンチマークを話し合う幹部職員

市民のみなさんに理解しやすい数値や、結果を評価するための数値に何が適しているか、庁内でも議論を重ねて検討しています。
(7月10日、市役所で)

7月3日なでしこジャパン見事勝利!

劇的な勝利。辛勝。粘り勝ち。

表現の仕方はそれぞれだろうが、『じりじり』するようなゲームだったことは間違いない。

サッカー女子ワールドカップカナダ大会準決勝。日本代表「なでしこジャパン」は対イングランド戦、後半ロスタイムの相手オウンゴールで2-1で競り勝ち、2連覇に向け王手をかけた。

長岡京市では、本市出身のゴールキーパー海堀あゆみ選手の応援の意味を込めて、急きょ市役所食堂でのパブリックビューイングを開いた。

それにしても、『じりじり』させられる試合展開だった。

前半、攻守入れ替わりつつ、お互い決定的な機会もないまま迎えた33分。ロングパスに飛び出した有吉選手がペナルティエリア内で倒されPKを獲得。これを宮間選手が見事にゴール右隅に叩き込む。しかし40分には今度は日本が自陣ペナルティエリア内でファウル。PKを決められ1-1の同点で前半を折り返す。

後半に入り、イングランドから相当押し込まれる時間帯があったが、GK海堀選手を中心に粘り強く守備。途中からFW岩渕選手を投入後、少しリズムが生まれたものの決定機はつくれず。このまま延長戦かと思った後半アディショナルタイム、川澄選手のクロスに足を出した相手DFにあたったボールがクロスバーを直撃。息をのんだ瞬間、ゴールのホイッスル。劇的な勝利を飾った。

次はいよいよ決勝の対アメリカ戦。7月6日(月曜日)午前8時から同じく本市食堂でパブリックビューイングを開催。週初めの慌ただしい時間帯だが、ともに声援を送っていただけたらと思う。

パブリックビューイングの会場となった食堂で、得点シーンに沸く観客

報道陣も多数詰めかけたパブリックビューイングの会場。
月曜日の早朝ですが、出勤前にみんなで声援をカナダに送りましょう!
(7月2日、市役所の地下の食堂で)

6月26日世代をつなぐ場~バンビオ10周年

梅雨というよりも本格的な夏のような気候になってきた。

これからの季節、JR長岡京駅西口のバンビオ広場公園では、噴水でずぶ濡れになりながら遊ぶ幼い子どもたちの歓声が響く。その光景が大好きだ。

京都府内の市町村で初となる再開発組合施行の「長岡京駅西口地区第一種市街地再開発事業」。

その完成から本年10周年を迎える。

中高生の吹奏楽のコンサート。サマーナイトカフェや冬のイルミネーション。地元産野菜の直売。商業施設では人が賑わい、ホールやギャラリーでも様々な催しが開催をされている。この10年の確かな歩みの中で多くの人が交わる場となりつつある。

同時に忘れてはならないこともある。完成に至るまでの先人の苦労だ。

17年という歳月をかけ、地権者の方や再開発組合の関係者、各行政当局の並々ならぬ尽力があったからこそ、私たちは今、その果実の恩恵に預かることができている。

6月27日土曜日、『バンビオ10周年記念式典』が開催をされる。併せて、『長岡京市の未来を考えるシンポジウム』や地元グループや高校生による『音楽会』も行われる。

「これまで」を創ってきていただいた皆さんと、「これから」をかたち創っていく私たち。世代をつなぐ場としてのバンビオでありたいと願う。

バンビオ広場公園で演奏する中学生

中高生の吹奏楽の演奏などでも大にぎわい。
(昨年の様子)

6月19日 対話の実践~「市長と語ろう」を開催

開会中の長岡京市議会6月定例会も終盤。6月23日の閉会日が迫りつつある。

その閉会日の翌日、初の開催となる「市長と語ろう」を開催させていただく。

日時は6月24日(水曜日)午後7時から。場所は長岡京市中央公民館2階講座室。

今回のテーマは『活かしていきたい!長岡京市のいいところ』。

初めての開催でもあるので、テーマを中心としながらも、幅広い対話をさせていただけたらと考えている。是非、ご関心の向きにはご参加賜りたい。

さて、これまでから繰り返し「対話」の徹底ということを繰り返し申し上げてきた。

今回は、まさに市民との「対話」の一つの大きな機会であり、私自身大切にしたいと思っている。

対話とは、「異なる価値観や多様な考えを前提に、一つの解決策、結論へと導く作業」。

これを実行していくためには、「現状や課題認識の共有」「解決に向けた方法論の洗い出し」「意思決定への論点整理や価値判断」が必要となる。

一方的に伝える場でもない。一方的にお聞きする場でもない。そんな双方向のコミュニケーションの場にしていく努力をしていきたいと思うし、そんな場であって欲しいと願う。

八条ヶ池でにこやかにほほ笑む市長

いろんな考え方を持つ人が対話のキャッチボールを通じて、一つの解決策や結論へ導きます。
…「市長と語ろう!」は、平成27年6月24日の午後7時から、中央公民館で開催。

6月12日 思いを伝える作業

先日6月8日から長岡京市議会6月定例会が開会した。会期は6月23日まで。私にとって2回目となる定例会に全力で取り組んでいきたい。

12日・15日の2日間には、本会議・一般質問が行われる。

この原稿を書いている現在は、今回通告をいただいた15名の議員の皆さんの答弁を作成しているまっただ中でもある。

一般論として、本会議での一般質問のやり方について、よく次のようなご批判を耳にする。

「事前に提出された原稿に用意された答弁を読むだけだったら学芸会」「一夜漬けみたいに答弁を用意するより日ごろから準備しておけ」などなど。

ご批判はご批判として真摯に耳を傾けないといけないわけだが、私としては、自治体の運営にとって極めて大切な機会だととらえている。

議会でのやり取りを通じて、市の考え方や方針、これからの取り組みの方向性や具体策、課題認識などが明らかになることの重要性などは指摘するまでもないが、市役所という組織の運営を司る市長の立場から言えば、答弁を作成していく過程の中で、トップとしての私自身の思いや考え方を組織全体に示していく機会であることがありがたい。

原則、答弁は担当部局で書いてもらう。その答弁内容を精査したうえで修正を加える。その繰り返し。単純なように見えるが、その作業を経るからこそ、私自身の考えやこだわりを担当者に伝えることができるのだと思う。

さて、そんな一般質問。是非、議会で傍聴いただければ幸いだ。

初めての議会で所信表明を述べる中小路市長

再質問は、議員のみなさんも答えるわれわれも、アドリブで質疑をします。
(写真は2月に開かれた第1回定例会)

6月5日 危機への感度

5月29日、鹿児島県の口永良部島の新岳で大規模な噴火が起こった。幸いにして人的な被害はなかったものの、避難生活は長期に渡りそうだ。被災された皆様には心よりお見舞い申し上げたい。

この間、神奈川県の箱根山など10ヶ所にも及ぶ火山での噴火警戒水準が引き上げられている。

加えて、今週の北海道釧路地方での地震や先月末の小笠原諸島付近など比較的大きな地震が頻発をしている。こうした状況を重ね合わせると、素人ながらに「日本列島の足元で何かが起こっているのでは?」と不安になってしまう。

もちろん、科学的な根拠もなくいたずらに不安や危機感を煽ることは避けなければならない。

しかし、まったく無防備な瞬間に危機への対応を迫られるより、少し心の備えをしている状況で危機を迎えるに越したことはないだろう。災害が起こり得る可能性への「感度」は研ぎ澄ませておきたいものだ。

「感度」が鈍ると危機を招く典型的な出来事もある。

日本年金機構がサイバー攻撃を受けて約125万件の年金情報が流出した問題だ。

報道の経過を聞いている限り、ウイルス感染とその事実の把握から対応までの遅れが被害の拡大を招いたようだ。まさに、危機を感じ取る「感度」が不足していたとしか言いようがない。

さてさて、我が身を振り返る。個人として、組織として、十分な「感度」を持てているだろうか。

自省の念を込めて。

防災パトロールを前に挨拶をする市長

関係機関も参加する中、防災パトロールを行い、建設中のいろは呑龍トンネルや西代公園などを視察し、意見交換をしました。
(6月1日、市内一円で)

5月29日 まっすぐに柔軟に~子どもたちから学んだこと part 2

「年代別の議会を開催してみては?」「駅周辺の路上駐車を無くすために駐車場を借りて簡易なローターリーを設置してみては?」「ベビーカーや車いすをどこでも借りたり返したりできる場所を設置しては?」

いずれも長岡京市への貴重な提案。提案してくれたのは長岡中学校の3年生たちだ。

授業の一環として、31名の生徒が「意見文集」を作成。先日、その代表2名が市役所を訪問してくれた。

地域交流による「つながる」まちづくり、違法駐輪対策、歩道の安全確保、阪急京都線の踏切解消、街灯や交番の設置、公園づくり、自然環境の保護などなど。

市政のど真ん中とも言える問題から、歩いて通学する中学生だからこその課題認識まで、幅広い数々の提案に感心させられる。

子どもたちの思いはまっすぐで率直だ。そして何よりも柔軟だ。

大人になって色んな知識が増えるにつれ、難しい理由、できない言い訳ばかり考えていないだろうか。色んなアイデアを自ら消去してしまい、選択肢を狭めてしまっていないだろうか。

またまた、子どもたちに教えてもらった。

現在、国会で投票年齢の18歳への引き下げが議論されている。未来の有権者たちに大いに期待するところだ。

提案内容を説明する長岡中学の生徒とその言葉に耳を傾ける市長

「長岡京市を良い街にしたい」という気持ちは中学生も同じ。
(5月25日、市役所で)

5月22日 成長への意欲~子どもたちから学んだこと

子どもの成長のスピードには驚嘆をさせられる。とりわけ、自らが子を持つ親になればなおさらそのことを痛感させられるものだ。

先日、本市の中学校米国短期交換留学事業として4月末から5月初旬にかけて姉妹都市である米国アーリントンを訪問した生徒16名と西乙訓高校から派遣をされた生徒10名がその報告に訪れてくれた。

出発前にも激励会で訪問に向けた意気込みを語ってくれた生徒たち。

それからわずか1ヶ月。実際に、アメリカを訪れ様々な活動を経験してきた彼らが、一人ひとり報告をしてくれる姿に、たくましく成長した変化の軌跡が如実に現れている。

彼らが語る言葉には、「こういう自分でありたい」「あんなことをしてみたい」、そんな未来への期待と成長への意欲が隅々まで満ちていて清々しい。

教育の本質とは、まさに、「こうしたい」「あんな風になりたい」という欲求や動機づけを行うことに他ならないのではないだろうか。

そして、そのことは子どもたちだけではなく、大人の世界でも同じこと。

「果たして、自分自身は今の自分で満足していないだろうか?」

「人間としての成長に向けて努力しているだろうか?」

そう自問しつつ、まぶしいまでの子どもたちの姿に教えてもらった気がした。

 

中学生の報告を受ける市長の写真

追伸:6月6日(土曜日)午後7時から中央公民館の市民ホールで市民の皆さんへの報告会が開催されます。子どもたちの成長を是非みとどけてください。

ハーバード大学で記念撮影

楽しい思い出はもちろん、生活習慣の違いに戸惑ったり、英語がうまく話せずに苦労したり、さまざまな経験を語る生徒たちの言葉はとても魅力的でした。(写真は4月29日、ハーバード大学で)

5月15日 うれしい手紙

当「雑感日記」を新年度から始めて早1か月が経った。少しだけでも、日々の気持ちや思い、考え方などの一端を率直にお伝えできればと思っている。

さて、この『雑感日記』のお隣に『市長への手紙』というコーナーがある。

市民お一人おひとりが抱えておられる、長岡京市への思いやこんなまちであって欲しいという願い、ご意見・ご提言を頂戴するもので、私も就任以来、既にいくつかのお手紙を頂戴している。「対話」による市政を実現していくための一つのツールとして大切にしたいものの一つでもある。

先日、そんな手紙の一つに、とても嬉しく感動したものがあった。

本市の某課に相談に訪れられた匿名の市民の方から、その際の接遇や対応の仕方、真摯に話を聞いた担当者の姿勢、誠実な言葉づかい、その一つ一つへの大変ありがたいお褒めの言葉を書き綴っていただいたものだ。

とかく、公務員に対する厳しい視線やご指摘を頂戴することが多い昨今。こうしたお褒めの言葉を頂戴できることは、大きな励みとなるし誇りにもなる。

もちろん、厳しいご意見やご批判についても真正面から受け止めなければならないし、むしろそうした声こそ大切にしなければならない。

しかし、一方で、市民の温かい言葉が私たち職員を勇気づけてくれることもまた事実である。

そして、お叱りや励ましの言葉やご意見を、私たち市政に携わる者がどう受け止め、向き合うことができるかどうかが問われている。

最後に、この場を借りて、手紙を頂戴した方に心から御礼申し上げたい。ありがとうございました。

市長への手紙のイメージ写真

「市長への手紙」は市ホームページのほかハガキでも。
ハガキは市役所などの公共施設に置いてあります。
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5月8日 誰に向き合うのか

前職の京都府議会議員時代から、様々な調査活動の一環として視察へ出向く機会に恵まれてきた。

京都府内、府外に関わらず、行政機関や公共施設、民間企業など、現地現場を直接見る機会として、私自身、とても大切なものだと感じてきた。

よく「物見遊山」だとのご批判を耳にするが、机上の議論に陥らないためにも、思考を整理したり新たなヒントを得るためにも有意義で貴重な仕事だと思うのが、実際に行ったものの実感でもある。

さて、こうした視察や現地調査に行くと、多くの場面で極めて「丁重」なお出迎えをしていただける。

事実、その接遇や対応の仕方ひとつで、外から見た先方への印象やイメージは大きく変わるものだ。感心させられることもあれば、少し疑問に感じることもある。

しかしである。いささか主観的な意見かもしれないが、ここでいう接遇や対応への印象というのは、単に「丁重」であるという外形的なことを指すわけではない。むしろ、その向こう側に垣間見える部分にこそ、その組織の本質が現れているのではないかと感じてしまうのだ。

視察において、実際の現場や職場を見させていただくということは、日常の中をまさに「お邪魔」させていただくということ。丁重にご対応いただくことは大変ありがたいことではあるが、施設であれば利用者の方が優先されているべきだし、職場であれば仕事をされている方への配慮が欠かせない。もちろん、そのことは「見る側」が率先して考えるべきであるが、一方で「見せる側」の本質や姿勢が見えるのもそんな場面である。

果たして、「誰を」向いて仕事をしているのか。そのことが問われているのではないだろうか。

4月24日 燃え上がる愛~キリシマツツジ~

「ハァー春はなソレ 花の天神きりしまつつじ もえるこころに足どりかるく うつす姿は八条ヶ池ソレ サッサソレソレエートコナ ソレ長岡長岡エートコナ」

長岡京市の四季の魅力を盛り込んだ『長岡京音頭』の一番を飾るきりしまつつじの季節がやってきた。

この季節、真っ赤に咲いたきりしまつつじが、市役所への来庁者をお迎えする。

きりしまつつじは、九州・薩摩の霧島山が原産地とされ、自生するヤマツツジとミヤマキリシマの交配種だと言われている。真っ赤な花が縁起物と重宝され、江戸時代の寛永年間以後、参勤交代などを通じて全国へと広まったらしい。

先日、そのお膝元である鹿児島県霧島市から前田終止市長が本市をご訪問いただいた。

霧島市ではキリシマツツジサミットを開催されるなど、キリシマツツジをキーワードとした地域振興に取り組んでおられる。今回は、本市の市花がキリシマツツジであることもあり、名所・長岡天満宮を訪問くださった。

お聞きをするところによれば、石川県能登地方や群馬県館林市などキリシマツツジを柱とした地域振興に取り組んでおられる地域も多いとのこと。

キリシマツツジの花言葉は「燃え上がる愛」。今回のご縁をきっかけに、本市とそれぞれの地域の「愛」が深まればと思う。

追伸:今週末には見頃を迎えるキリシマツツジ。長岡天満宮境内では4月25日・26日と「たけのこフェスタ」も開催します!

長岡天満宮の前で記念撮影する左から、中小路長岡京市長と中小路宮司、前田霧島市長

視察に訪れた長岡天満宮で、前田霧島市長と中小路宮司と記念撮影。
(4月20日、長岡天満宮で)

昨年のキリシマツツジの様子

長岡天満宮境内の八条ケ池の中堤のキリシマツツジ。深紅のトンネルが美しい。
(昨年の様子)

タケノコフェスタの様子

朝掘りタケノコがお得に買える「たけのこフェスタ」。
(昨年の様子)

4月17日 "季節"を体感する

クールビズの季節がやってくる。本市でも5月1日からクールビスを推進することとした。このところの不順な天候からすると実感が伴わないのも事実だが、ここ数年、クールビズもかなり定着をしてきた感はある。

昨今、季節の変わり目を感じる機会がなくなりつつあると思うのは私だけだろうか。

子どもの頃は、制服や帽子などを衣替えすることで、否が応でも季節の区切りを感じざるを得なかったが、大人になりスーツで過ごすことが当たり前になるにつれ、そんな区切りを感じる機会はなくなった。その意味では、クールビズを季節の変化を感じる儀式と捉えればその趣も変わってこよう。

さて、長岡京市では、幸いにして「春」という季節を感じる機会に恵まれている。

その一つが「たけのこ」。食卓に「たけのこの炊いたん」が並べば、春の訪れを感じることができる。

インターネットやスーパーで時期に関わらず、色んな食材が手に入る時代となった。それはそれで、便利なことは事実だが、「たけのこ」は、食材を通じて季節を感じることのできる、数少ない貴重なものだと言える。

先日、観光協会の皆さんが手入れをされている「たけのこ畑」で、たけのこ堀り体験の機会をいただいた。朝に自ら掘った「たけのこ」を夕餉に食する。これぞ舌だけでなく、春を五感で感じる醍醐味だ。

たけのこの時期が終わりに近づけば、長岡天満宮のきりしまつつじ、乙訓寺のぼたんが見頃を迎え始める。ぜひ、長岡京市の「春」を体感していただきたい。

ホリでタケノコを掘る中小路市長

市観光協会が主催のたけのこ掘り体験で、参加者と一緒にタケノコを掘りました。
(4月11日、井ノ内で)

4月10日 対話を重ねて

三寒四温というにはいささか遅く、寒の戻りというには少し早い。四月、桜の時期にも関わらず寒さを感じる日々が続き、季節感を失いそうだ。ただ、散りゆく桜の花だけが、春の到来と時間の流れを物語っている。
市内各小中学校の入学式を終え、新たな気持ちで新年度の始まりを味わう時期もそろそろ一区切り。本格的に仕事に取り掛かり始めようという方々も多いだろう。
長岡京市でも各部局ごとでの課題整理やヒアリングが始まった。また、新しく迎えた新入職員24名との懇談会も行われ、各人がそれぞれの配属先で仕事を始める時期でもある。
市長就任以降、市政運営の基本方針として「対話」の大切さをことあるごとに申し上げてきた。市民との対話、議会との対話、職員との対話。「対話」とは、広辞苑によると「向かい合って話すこと。相対して話すこと」ではあるが、そうした物理的な作業を通じて、「異なる価値観や立場を前提に、積極的にその差異を乗り越え、一つの結論を導くこと」に他ならない。
そんな「対話」をこれから様々な場面で積み重ねていきたいと思う。そして、どんな結論が導かれるのかを考えるとワクワクする気持ちを抑えきれない。
この季節。桜の花の下、酒を酌み交わしながら「対話」を重ねたいものだが、どうやら私たちにそれほどの時間の猶予があるわけではなさそうだ。桜の花も待ってはくれないだろう。
新入職員に語りかける中小路市長

新入職員との懇談会で、市民活動や人口減少、庁舎建て替えなどについて、考えを共有しました。
(4月9日、市役所で)

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