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中小路市長の雑感日記「終わり、そして始まりへ」

  • ID:12333

3月31日 終わり、そして始まりへ

令和4年度が終わろうとしている。

先日、管理者を拝命している乙訓消防組合議会を無事に終え、やっと年度末を迎えつつあることを実感している。

特に今年は、年初に自身3期目の市長選挙もあり、直後には市庁舎の移転等々、例年にも増して追われる日々が続き、気がつけばはや年度末という感だ。ここに来て、少し落ち着いた時間が束の間訪れる。

市役所では人事異動の内示が終わり、本日、16名の職員と別れの時を迎える。

そして、週明け4月3日には辞令交付と25名の新しい仲間をお迎えすることとなる。

 

この3年あまり、年度替わりという節目を迎えながらも、コロナ禍により先行きへの不安を隠せなかった年が続いてきた。

今回は、いよいよGW明けには新型コロナウイルスの感染症法上の分類も見直しがなされ、明るい兆しが見え始めてきている。その兆しを、実感へと繋げる一年となるよう、年度末に当たり、私自身も決意を新たにする。

 

始まりと呼ばれるものは、しばしば終末であり、終止符を打つということは、新たな始まりでもある。

終着点は、出発点である。

 

ノーベル文学賞を受賞したイギリスの詩人 T.S.エリオットの言葉を記し、今年度の筆をおきたい。

 

今年も一年間、大変お世話になりました。

来年度もよろしくお願い申し上げます。

退庁式のようす

退庁式のようす 

4年度の雑感日記(ページリンク)

3月24日 WBC おめでとう、侍ジャパン!

3月17日 卒業、おめでとう!

3月10日 「サバ缶ショック」から考える

3月3日 陳腐さが引き起こす巨悪

2月24日 AIとどう向き合うか

2月17日 8万人と、つなぐ 芸術祭

2月10日 みんながつながる交流会~中小企業振興基本条例キックオフ

2月3日 市役所新庁舎(1期)開庁式

1月27日 大雪の経験を活かす

1月20日 3期目市政のスタートにあたり

1月6日 新春 そして区切りのご挨拶

12月23日 任期 最後の議会

12月16日 今年の5冊:ノンフィクション編

12月9日 今年の5冊:フィクション編

12月2日 もはや奇跡ではない!

11月25日 日本代表、感動的な勝利!

11月18日 京都サンガF.C. J1残留決定!(別ウインドウで開く)

11月11日 STEAM(スチーム)教育

11月4日 話の順序

10月28日 「いざ」への備え

10月21日 LINEクーポン祭おかわり!

10月14日 二十歳(はたち)の祝典~未来へのはばたき~

10月7日 市制施行50周年記念式典・フォーラム~100周年に向けた次の50年へ

9月30日 祝・ご長寿

9月16日 愛しき無駄な時間

9月9日 まるごとヘルシーフェスタ

9月2日 子どもの多様性に応じた教育を

8月26日 逆流する世界

8月19日 時代の流れを見極める

8月5日 熱い夏は続く

7月29日 7月臨時会を開会

7月22日 映画「破戒」に思う

7月15日 安倍元総理を悼む

7月8日 高校野球 京都予選が始まる

7月1日 負けないこと

6月24日 パブリックハック PUBLIC HACK

6月17日 物価高騰への対応

6月10日 梅雨の季節を前に

6月3日 3年ぶりに

5月27日 REBORN 京都済生会病院

5月20日 ゼロカーボンシティを目指して始動!

5月13日 福士加代子選手のかけっこ教室!

5月6日 ウクライナ侵略をめぐる想像力

4月22日 歴史総合

4月15日 グローバルの中のローカル

4月8日 つながること

4月1日 市制施行50周年 いよいよスタート


3月24日 WBC おめでとう、侍ジャパン!

数々の感動を与えてくれたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は、3大会ぶり3度目の優勝という素晴らしい結末で幕を閉じた。

日本で開催された1次ラウンドでの日本代表は圧倒的な強さを発揮し、楽々とベスト8へと駒を進める。

そして、準決勝での対メキシコ戦をサヨナラという劇的な勝利で飾り、決勝戦では宿敵アメリカを敵地マイアミで接戦のすえ見事に下し、堂々の王座奪還を果たした。

もちろん、日本代表のチームとしての強さ、世界一という結果が嬉しいことは言うまでもない。

しかし、今回の大会で何より感じたのは 野球というスポーツの面白さであり奥深さではないかと思う。

とりわけ、決勝ラウンドの2戦はそんな野球の醍醐味が凝縮されていた。

 

追いつ追われつの手に汗握る均衡したゲーム展開。

ひとつのプレー、ホームラン一本、で変わる試合の流れ。守るべき人が守り、打つべき人が打つ。

不振といわれた選手の一振りでの劇的な逆転。

そして、最後はチームメート同士の対戦でのフィナーレ。

誰かがつぶやいた「マンガみたい」という言葉に思わずうなずいてしまう。

目の前で繰り広げられる数々のドラマに私たちは魅了され続けた。

何よりも、一流といわれる選手があれほどまでに熱くなり、感情を露わにしながら野球という競技に熱中する姿。それは、学校のグランドで白球を追いかける子どもたちの姿と何ら変わらない。

誰しもが思ったのではないだろうか。野球って面白そう、と。

 

「今夜は野球界が勝利した」

準決勝で日本に敗れたメキシコ代表のギル監督が試合後の談話でそう語った。

敗軍の将のこの言葉に今回のWBCのすべてが凝縮されている。

 

おめでとう侍ジャパン! バンザイ、ベースボール!

3月17日 卒業、おめでとう!

3月15日。

長岡京市立中学校の卒業証書授与式が、暖かい春の日差しのもと、清々しくも厳粛な雰囲気の中で執り行われた。

久しぶりに、来賓や地域の皆さんにもご参加いただいての卒業式。多くの皆さんの祝福に見守られ、子どもたちはたくましく巣立っていった。

 

今年度の卒業生は、中学校生活の3年間をコロナ禍の下で過ごしたことになる。

小学校の卒業を目前にしての突然の休校や緊急事態宣言に基づく外出自粛、相次ぐ行事の中止など、学校活動でも日々の日常生活でも多くの制限を課され、中学生として当たり前なことを当たり前に経験することができなかったこともあろう。私たちは、そんな世代の子どもたちがいることを決して忘れてはならない。

精悍さと笑顔が入り混じったみんなの顔を見ながら、よく頑張った子どもたちへの労いとともに、そう心に刻む。

 

安易に近道を選ばず、一歩一歩、一日一日を、

懸命、真剣、地道に積み重ねていく。

夢を現実に変え、思いを成就させるのは、

そういう非凡なる凡人なのです。

 

今年度の卒業生へは、昨年、惜しまれつつお亡くなりになられた稲盛和夫さんの言葉を餞(はなむけ)として送った。

成功するために必要なことは、「非凡」な才能や能力を有することではない。

努力を継続して積み重ねること。そんな、誰にでもできそうだが、やり切ることは決して生易しいことではない。それができる人こそ「非凡」なのだ。

 

卒業生たちがこれから生きていく長い人生の中で、困難に直面してきたときに思い出してもらえたら幸いだ。

皆さんの前途を祝して。卒業、おめでとう!

長岡第三中学校 卒業証書授与式

長岡第三中学校 卒業証書授与式 

3月10日 「サバ缶ショック」から考える

 このところ、新聞紙面やニュースなどで「サバ缶ショック」という言葉を目にする。ご存知だろうか。

 

近年、海水温の上昇等などの影響により日本近海でのサバの水揚量が減少している。

漁業情報サービスセンターによると、全国の2022年1月から11月の水揚量は20.3万トンで、前年同期の30.6万トンから激減。結果、主要産地の卸売平均価格も大きく上昇している。

こうした状況を受け、全国的にサバ缶が品薄の状態が続いているほか、今後、1割~2割の値上げをメーカーも検討せざるを得ないとのことだ。

 

昨秋には、サンマの不漁が報じられるなど、様々な魚種でも同様の傾向が見られており、身近だった食材の高騰や品薄が、私たちの食卓にも大きな影響を及ぼしており、苦しい家計の象徴とされる。

確かに、ここのところ、各種食料品の激しい値上がりが続いており、嘆き節が聞かれるのは当然のことだろう。報道のトーンもそういった感じにならざるを得ない。

しかし、この問題、少し引いて俯瞰的に世界を見渡してみると、私たち日本人はもっと危機感を持たなければならないのではないかと思う。

 

こうした海産物の価格高騰。実はサバだけにはとどまらない。

水産大手のマルハニチロによると、2017年の水産物価格は2003年に比べて6割ほど高くなっているそうだ。その背景にあるのは、世界的な需要の高まりだ。世界の1人当たり消費量は過去半世紀で2倍に増えている。先進国の和食ブームや、新興国の中間層の所得上昇により高たんぱく質な魚の需要が高まっており、減少傾向にある日本とは対照的に、中国では約9倍、インドネシアで約4倍の消費量に急伸しているそうだ(『安いニッポン~「価格」が示す停滞/中藤玲/日経プレミアシリーズ』より)。

つまり、世界の海産物市場で日本は完全に「買い負け」しているということだ。

 

この間、日本は物価がほとんど上がらず、実質的にデフレが続き、私たちはその状況に完全に慣れ切ってしまった。

「値段が上がらないこと」は確かに、生活者・消費者から見れば一面「良い」ことのように思われる。

しかし、供給者の観点からは収益が上がらず、労働者の賃金は上がらない。結果、消費も上がらず経済のパイ全体は縮小均衡に留まってしまうことでもある。

一方、世界は着実に成長をしている。賃金も物価もパラレルに上がっていく国が大半だ。

この状況の帰結として、まさに「買い負け」する日本がある。

 

失われた30年、彼我の差は大きい。こうした状況を、もっと直視されるべきだと思う。

3月3日 陳腐さが引き起こす巨悪

 東京都狛江市の事件など、昨年から関東圏を中心に全国各地で凶悪な強盗事件が頻発している。

 狛江市の事件では高齢者が縛り上げられたうえで殺害されるなど、その手口は極めて残虐なものだ。

 現在、首謀者とされる複数の男も逮捕されるなど、捜査は少しずつ進展をしており、一日も早い全容の解明と、関係者の逮捕により一掃されることを願う。

 

 今回の一連の事件は、様々な面で社会に大きな影を落としている。

何より衝撃的なのは、実行役として逮捕された容疑者たちが実際に行った凶悪・残虐な行為と、そこに至る経緯や動機の「軽さ」とのギャップではないかと感じている。

 容疑者たちは、実際にSNSや闇サイトを通じて高額の報酬を目当てに集められたという。中には、学生や二十歳にも満たない少年などもおり、報道を通じて見えてくるのは、決して普通ではないかもしれないが、私たちの身の回りにいてもおかしくないような人物像だ。

 もちろん、その背後には首謀者たる巨悪があることは間違いないわけだが、指示する側と指示される側という構図の中で、簡単に軽い気持ちで、重大な犯罪行為に手を染めてしまっているところに、怖さと忌々しさを感じてしまう。

 

 全体主義国家の分析を行ったユダヤ人の政治学者ハンナ・アーレントは、その著書『エルサレムのアイヒマン』において、ナチスドイツによるユダヤ人大虐殺を主導したアドルフ・アイヒマンの裁判を傍聴し、その動機がユダヤ民族に対する憎悪や思想的な背景やイデオロギーによるものではなく、ただ単に組織の中で認められるためだけに任務を忠実にこなしただけだったとし、「陳腐さ」による巨悪を弾劾した。

 そして、それを可能ならしめたのは官僚制度の特徴である過度な分業体制があると分析をする。

 「自分は命令されただけで、その指示に従っているだけ。」という意識の積み重ねが、結果として極めて残虐な行為を容認するということだ(この点は、後にスタンレー・ミルグラムという心理学者による「アイヒマン実験」が有名だ)。

 

 だからといって、指示役であれ、実行役であれ、犯罪に関与した人々の罪が軽くなるわけでは決してない。しかし、こうした事件が起こらないようにするためには、こうした構図からの分析も有意義なのかもしれない。

2月24日 AIとどう向き合うか

対話型の人口知能(AI)「チャットGPT(Generative Pretrained Transformer)」が話題を集めている。

これまでのAIソフトと比較をしても、投げかけた質問に対して、かなり自然な受け答えをするということで、マイクロソフトがサービス開始して以来、既に世界でユーザーは1億人を超えているとか。今月に入りグーグルも対話型AI「Bard」を一般公開するなど、さながら検索エンジンの覇権をめぐる争いの様相を呈している。IT業界のゲームチェンジャーになる可能性も秘めているそうだ。

 ディープラーニング(深層学習)という技術が取り入れられて以来、AIの出力レベルは飛躍的に上がっているという。

 一方、まだまだ回答に誤りが含まれている可能性も高く、利用する側が鵜呑みにしないよう求められるほか、ケースによっては差別的な表現が含まれるなど倫理面からの課題も指摘されている。

 米国の大学では、学生がリポートや課題にチャットGPTを使いはじめ、大学が使用制限に動くなど、技術を受け止める側の社会としてどう向き合っていくのかも問われ始めている。

 

 世界的アーティストの坂本龍一さんは、ある音楽番組のインタビューで「人工知能と人間の対峙について、音楽家の立場でどう考えるか?」と問われ、次のように答えている。

 

人工知能は基本的には過去のデータの集積と、それに加えて「ゼロ・イチ」の、つまり「正解・不正解」という論理で出来ていると思うのですが、音楽に「正解・不正解」はありませんよね。

しかし、それなら何でも良いかと言うとそうでもなく、その中で「これが良い」ということを、ある1人の音楽家が自分の中で正解と思うものを導き出してゆく、そういうものだと思います。

僕はそこに論理はないと思う。

でも、何の為にそうするのか、あるいは、何に美を感じるのかというのは、同じ構造の脳を持つ人間でも1人1人違いますから、AIがその領域に近づくのは、当分は不可能だと僕は思っています。

 

その上で、格差をめぐる問題や環境問題などもっと大切なことにこの技術が使われるべきではないかと指摘をしている。

 

技術が進展することは素晴らしいことであるし、安易に脅威を感じたり、ノスタルジーから完全にそれを否定したりするのではなく、「如何に使いこなすのか」という問いに真摯に向き合うことが求められている。

試されているのは、人間一人ひとりであり、その集合としての社会の規範だ。

2月17日 8万人と、つなぐ 芸術祭

2月6日に1期目新庁舎の供用開始に伴い、市長室や秘書課が移転してから10日あまり。

 まだまだ慣れない日々が続く。

 

 今後の予定では、3月前半にかけて、旧庁舎の南棟・東棟にある部局が北棟や分庁舎3へと移転(市役所では第2次移転と呼んでいる)する作業が進められる。

 その後、今年の秋にかけて北棟を除く旧庁舎の解体作業が進められる。

 慣れ親しんだ庁舎がなくなることに一抹の寂しさを覚えなくもないが、これも「まちの新陳代謝」の一環とその気持ちを飲み込みつつお別れしたいと考えている。

 

そこで、旧長岡町時代、そして市になってからの50年、本市の発展を見守ってきてくれた旧庁舎に敬意を表し、2月18日(土曜日)から26日(日曜日)の9日間、市制施行50周年記念事業『8万人と、つなぐ 芸術祭』を開催する。

旧庁舎をアトリエ空間としてリメイク。

旧庁舎で使用していたレトロな家具や小物を使ったアート作品や壁をキャンバスに見立てたウォールアート、atelier CLOSETによる驚くほど小さくかわいいミニチュア、長岡京展歴代大賞作品の展示のほか、ライブペインティングやギター・ウクレレ体験といったイベントやNAKANOTEI  COFFEEのカフェ、市長室や議場のフォトスポットも用意している。

併せて、既に人気で満席となってしまったが、「泥団子づくり」「消しゴムはんこアート&タイムカプセル郵便」といったワークショップ、金婚式を記念した撮影会などでも盛り上がる。

 

 また、26日(日曜日)は文化庁京都移転記念事業(事務局:文化芸術発信強化実行委員会)『京都まるごと芸術祭』も行われ、村上ショージさんや南海キャンディーズのしずちゃんも登場する予定。

 

 皆さんとご一緒に、旧庁舎とのお別れを明るい気持ちでしていきたい。

 ぜひ、多くの皆さんのご来場をお待ちしております。

 

イベントの詳細は「【バトンプロジェクト③】旧庁舎アートプロジェクト」をご覧ください。

2月10日 みんながつながる交流会~中小企業振興基本条例キックオフ

 昨年10月に施行された「長岡京市中小企業振興基本条例」のキックオフイベントとして、2月11日(土曜日)午後2時から、長岡京市産業文化会館において『みんながつながる交流会』を開催する。

 第1部では、3つの事業所の皆さんから新規事業や創業など新しい取り組みの事例発表を行っていただく。

 第2部は、参加者同士のつながりをつくる交流の時間とさせていただく予定。

 

 条例の制定はあくまでスタートライン。

 昨年末には、条例に基づき中小企業振興推進会議が立ち上がり、そこで議論した様々な施策や事業を展開していく。

 その時、やはり中心的な役割を担うのは市内の事業者の皆さんだ。

 

 今回のイベントは、そんな事業者の皆さん同士の連携やつながり、顔の見える関係を生み出すことで、抱えておられる課題や問題などの解決につなげたり、新しいアイデアやビジネスチャンスのヒントを得ていただくような機会にしたいと考えている。

 

 併せて、「みなさんのおすすめのお店を教えて下さい!」企画も行っていく。

 条例の大きな目的は、市内における経済循環を創り出すこと。そのためにも、地元のお店や事業所を市民にもっともっと知っていただきたい。

 市役所や、駅、市内金融機関などでの掲示板や市公式LINEなどで募集をしている。

 こちらもぜひ多くの皆さんにご参加いただき、盛り上げていただければ幸いだ。

イベントの詳細は「みんながつながる交流会 ー中小企業振興基本条例キックオフイベントー」をご覧ください。

2月3日 市役所新庁舎(1期)開庁式

 1月27日、外は雪が降りしきる日となったが、長岡京市役所の『新庁舎(1期)』の開庁式を開催し、市議会や自治会、庁舎検討委員会の皆さんや工事関係者など、多数の方にご参加いただいた。

 また、27日、28日の両日に併せて行った内覧会にはおよそ800名の方にお越しいただいた。

 

 今回、供用される新庁舎(1期)は、1~3階に市民課や税務課、高齢介護課、国民健康保険課、子育てや障がいなどの福祉関係の各課など、市民とのインターフェースとなる窓口業務を取り扱う部署を配置する。このことで、これまで異なる建物に分散し、手続き等でご不便をおかけしていた課題等を解消する。

 また、4階には市長室ほか、防災・安全推進室が入ることで、災害時の拠点としての機能はこれまでと比較をしてもかなり強化される。

 5階は議会棟となっており、議場のみならず委員会室からの情報発信も充実される予定。

 

 また、今回の庁舎移転に伴い、市民サービスや市役所業務のデジタル化も推進する。

 「書かない」「待たない」「行かなくてよい」を合言葉に、市民にとっての利便性向上と業務の効率化にも取り組んでいきたい。

 

 本格的な供用・業務の開始は2月6日からとなる。

 この週末には引っ越しの作業も大詰めを迎える。

 

 とはいえ、市役所の再整備はまだまだ続く。

 今年は、当面、旧庁舎(北棟)や分庁舎に残る部署の第2次移転、現庁舎の東棟・南棟の解体、2期庁舎の建設と続く。

 何よりも安全の確保を最優先に、引き続き事業の完成に向けて取り組んでいきたい。

市役所新庁舎(1期)開庁式のようす

市役所新庁舎(1期)開庁式のようす 

1月27日 大雪の経験を活かす

 降るというよりも、吹き付けるような雪だった。

 24日の夕刻から始まった吹雪によって見る見るうちに辺りは真っ白に。ごーごーと鳴り響く風と共に少し先すら見えない。

 当初は注意報でおさまると予想されていた長岡京市でも18時30分には大雪警報が発令される。

 

 正直、少し雪を甘く見ていた自分がいることも事実だ。

 それほどの大雪をあまり経験してこなかったからかもしれない。経験してこなかった地域ほど、雪への脆弱さがもろに出たともいえる。

 調べてみると、本市では平成29年1月以来の久しぶりの大雪警報発令となった。

 

 やはり大雨とは対処方法も性質も異なるものだと痛感をしている。

 雨の場合、一定、雨が止んだり小降りになるなど、警報が解除されれば状況は落ち着きを見せる。

 しかし、雪の場合は、警報が解除された後も積雪による影響は残る。

 実際、本市においても、ごみの収集や施設の閉館、バスの運休など翌25日にかけて対応に追われることとなった。

 結果として、本市において大きな被害は確認されていないものの、市役所職員の参集や積雪の中の移動・機動力の確保、小中学校の運営に関する判断など様々な課題が浮かび上がったともいえる。

 

 今回の経験こそ災害対応力を強化するための良き教科書になるはずだ。今回の状況を踏まえながら今後に活かしていきたいと思う。

市役所前のようす

市役所前のようす 

1月20日 3期目市政のスタートにあたり

1月15日に行われた長岡京市長選挙において、大変大きな得票をいただき再選を果たさせていただくことができました。

心より感謝申し上げます。

同時に、大変、身の引き締まる思いでもあります。

 

『初心忘るべからず』

 

この言葉には、「始めた時の初々しい気持ちを忘れないよう」にという警句とともに、「折あるごとに古い自己を断ち切り、新たな自己として生まれ変わらなければならない」という意があるそうです。

 

この8年間の市長としての経験を大切にしながらも、時代や環境の変化を見極めながら、改めて自分自身、切磋琢磨し、長岡京市政を前に進めていく所存です。

 

引き続き、皆様方のご指導・ご協力を心よりお願い申し上げ、市長3期目の就任にあたってのご挨拶とさせていただきます。

1月6日 新春 そして区切りのご挨拶

明けましておめでとうございます。

令和5年、2023年の輝かしい新年のスタートを、穏やかなお正月とともに迎えることができました。

皆様におかれましては、健やかな初春をお迎えになられたこととお慶び申し上げます。

 

十干十二支で言えば、今年は「癸卯(みずのと う)」。

「癸」は雨や露、霧など、静かで温かい大地を潤す恵みの水を表すとされます。そして、十干の最後にあたり、生命の終わりを意味するとともに、次の新たな生命が成長し始めている状態を意味するそうです。

この3年、私たちを苦しめてきたコロナ禍が一つの区切りを迎え、コロナ後の新たな歩みを脱兎のごとく進められる。そんな一年になることを心から願っています。

 

さて、本稿をもって市長として頂戴した任期4年最後の雑感日記となります。

2期目の市長就任以降、今回で190回目となります。

バックナンバーを読み返してみても、やはり新型コロナウィルスに翻弄された任期だったなとしみじみ感じています。

これまで経験したことのない状況の中で、苦しい決断を迫られることも数多くありましたが、一方、元気をもらえる出来事や温かい励まし、そして何より、市民の多大なるご協力を賜った場面も数えきれないほどにありました。

改めて、すべての皆さんに心より感謝を申し上げ、4年間のお礼とさせていただきます。

本当にお世話になりました。ありがとうございました。

12月23日 任期 最後の議会

21日、長岡京市議会12月定例会が閉会した。

今定例会では、仮称自治振興条例の制定を目指し、自分ごと化会議や条例検討委員会で約2年あまり検討を重ねていただいた成果を「長岡京市助け合いとつながりのまちづくり条例」案として提案し、議会での審議を経て全会一致で可決、成立することができた。

また、一般会計予算案も、現在長九小で進めている学校施設・給食室の改修で予想外の地中埋設物が見つかるなどしたための契約変更に関連する議案や好評を博したLINEクーポン祭への対応など至急の対応が必要なもの、通常この時期に必要となる補正、人事院勧告を受けての給与等の措置など3本の補正を上げさせていただくなど、柔軟に対応いただいたことに感謝を申し上げたい。

 

さて、今定例会をもって、市長として頂戴した4年の任期内最後の定例会が終了した。

今任期は、その大半を、新型コロナウイルスへの対応に追われることとなった。

新型コロナの感染状況、それを受けた様々な措置、国が行う様々な政策の影響等々、日々目まぐるしく変化する状況に対応するためには、臨機応変かつ迅速で機動的な動きが求められてきた。

また、そこに本市独自の状況や課題への対応も迫られる。

そのような中では、時々に補正予算の編成や専決措置等を行わなければならない場面が多々あり、そのたびに議会には柔軟な対応をいただいたことにも併せて感謝を申し上げたい。

 

そして、本日は、これまで慣れ親しんだ現庁舎の議場における最後の定例会でもある。

就任以来8年間、議員の皆さんと議論を交わしたこの場所ともお別れかと考えると感慨深いものがある。

次の定例会からは、新庁舎の新たな議場での開催となる。 願わくば、そこでまた皆さんと議論できることを楽しみにしている。

任期 最後の議会

現庁舎の議場にて

12月16日 今年の5冊:ノンフィクション編

先週に引き続き『今年の5冊』。

 今週は「ノンフィクション部門」です。

 今年、手にした本を振り返ってみると、一つは歴史を深堀りするような作品にはまりました。

 もう一つは、民主主義の衰退が指摘される昨今、もう一度、政治というものの原点を見つめ直す本を多く手にした気がします。

 年末年始の読書のご参考にして頂けたら幸いです。

 

<ノンフィクション部門>

(1)『生物と無生物のあいだ/福岡伸一(講談社現代新書)2007年』◎

 「生命とは何か?」本書はそんな問いから始まる。答えの一つは「自己複製を行うシステム」というものだが、果たしてそれだけで答えを満たすのか。分子生物学の観点から、これまでの科学的成果の歴史を振り返りながらたどり着いたのが「動的平衡」という概念。生命の神秘をわかりやすく、面白く読ませてくれる一冊。ウイルスに翻弄された時代だからこそ一読の価値あり。

 

(2)『思いがけず利他/中島岳志(ミシマ社)2021年』◎

 「利他」という言葉はもちろん素晴らしい善きものだ。一方、「利他」の裏側に何か隠された目的なり利己的な動機が内在するのではないかと素直に受け止められないうさん臭さを感じる向きもある。では、どうすればそうしたネガティブな要素を「利他」から排除できるのか。そこで出てくるのが「思いがけず」という概念だ。この二つが出会ったとき、現代社会の諸問題を解く希望としての「利他」が現れる。

 

(3)『銃・病原菌・鉄(上)(下)/ジャレド・ダイアモンド(草思社文庫)2000年』◎

 現代世界における富や権力の不均衡が生じた原因はどこにあるのか。紀元前1万1千年前に世界各地の大陸に分散し、同じような狩猟採集生活を送っていた人類が、16世紀の大航海時代を迎える頃には、それぞれの地域において技術や政治構造の面で大きな格差を持つに至る。その理由を人類史的な観点から解き明かした名著。今更かとお叱りをいただくかもしれないが、読んだ以上、お薦めせずにはいられない。

 

(4)『「民都」大阪対「帝都」東京~思想としての関西私鉄/原武史(講談社学術文庫)2020年』◎

 明治、大正、昭和を通じて東京から全国へ、更には植民地へとまで拡大していった鉄道。その中心にあったのは国鉄であり「帝都」東京。それは国民統合の装置であったとも言える。一方、当時の関西私鉄は「官」から独立した地域住民の新しいライフスタイルを生み出す文化装置として発展を果たす。そんな「民都」も戦争の足音とともに変化し始める。本書はその変化を思想史としてまとめた物語だ。

 

(5)『子どもたちに民主主義を教えよう/苫野一徳・工藤勇一(あさま社)2022年』

学校を民主主義を学ぶ場所に変えていく。本書のテーマであり、そうなっていない現状から学校教育の問題の根底にせまる。ここでいう民主主義は決してイデオロギー的なものではない。「対話を通じた合意形成を図る」技術を身に着けていくことだ。本書が取扱うのは学校現場ではあるものの、そこで起こっている問題を俯瞰的に見るならば、私たちの社会で生じている諸課題の構図と相似形をなしている。

 

 

※  ◎の付いている作品は長岡京市図書館の蔵書となっています。

2022年の5冊:ノンフィクション部門

2022年の5冊:ノンフィクション部門 

12月9日 今年の5冊:フィクション編

今年もこの季節がやってまいりました。

本年に読んだ本の中で面白かったものを勝手に選ぶ『今年の5冊』。

今週はまず「小説・フィクション部門」です。

今年は圧倒的な存在感で直木賞作家の今村翔吾さんの作品2冊ランクイン。「蒼穹の昴」シリーズといい、歴史を題材とした小説にはまった一年でした。

 

<小説・フィクション部門>

(1)『じんかん/今村翔吾(講談社)2020年』◎

戦国の世の悪人として名を馳せた松永久秀の壮絶な人生を描いた大作。それを語る織田信長、聞き役に徹する小姓・狩野又九郎。主君たる自分を裏切った敵役の話にもかかわらず、信長の顔に浮かぶ笑み。

人間。「にんげん」と呼べば一個の人を指す。「じんかん」と読めば、人と人が織りなす間、すなわちこの世を指す。理想と現実のはざ間でもがき苦しんだ男の生き様に胸が熱くなること必定。

 

(2)『塞王の楯/今村翔吾(集英社)2021年』◎

ご存じ、今村翔吾氏の直木賞受賞作。お隣、滋賀県の大津城をめぐる攻防を描いたドラマ。絶対に破られない石垣造りに命を懸ける穴太衆飛田屋の匡介。一方、どんな城をも落とす鉄砲造りに命を懸ける彦九郎。相反するがに見える二人だが、それぞれが命を賭して成し遂げようとしているのは、戦の無い世。戦火の果てにたどり着いた答えとは。

 

(3)『時の渚/笹本稜平(文春文庫)2004年』◎

昨年、惜しくも亡くなった笹本稜平氏の初期の作品を振り返る。元刑事の私立探偵-茜沢が末期癌の老人から受けた依頼。それは、35年前に生き別れた息子を探すこと。調べを進めるうち、自らの家族を奪った轢き逃げ事件との交わりが見え隠れし始める。家族の絆とは何か。真相にたどり着いたとき、そこに待ち受けるものとはいったい何なのだろうか。

 

(4)『悪い夏/染井為人(角川文庫)2020年』

悪い奴しか出てこない。そんなカバーのキャッチに目が留まり購入した一冊。主人公はとある町の市役所に勤める生活保護のケースワーカー。同僚の不正に気づき、正義感から関わり始めたがゆえに。登場人物に対してこれほどまでに共感できない小説も珍しい。しかし、よくよく考えてほしい。もしかすると、これは人間の弱さの裏返しなのではないか。待ち受ける皮肉な結末とは。

 

(5)『蒼穹の昴シリーズ/浅田次郎(講談社文庫)2004年~』◎

昨年から読み始めた「蒼穹の昴(1-4巻)」から始まる中国の近代史を描いた大スケールの大河ドラマ。

「珍妃の井戸」「中原の虹(1‐4巻)」「マンチュリアン・リポート」「天子蒙塵(1‐4巻)」「兵諫」など。極貧の春児(後の李春雲)の立身出世と激動の生き様を中心に置きつつ、清朝末期から移ろいゆく中華帝国の近代史を時々の主人公に焦点を当てドラマと仕立て上げる。読み手をひきつけ続けるシリーズ。

 

※  ◎の付いている作品は長岡京市図書館の蔵書となっています。

2022年の5冊:フィクション部門

2022年の5冊:フィクション部門 

12月2日 もはや奇跡ではない!

早起きの徳は三文どころではなかった。そう感じておられる方が多いのではないだろうか。

 

午前4時のキックオフに迷いがなかったわけではないが、早起きしてライブで観て良かったと心の底から思う。

日本代表の歴史的勝利を生で見られたことはもちろん、裏で行われているドイツ対コスタリカ戦の戦況をにらみながらの観戦は、同時並行で行われるグループリーグ最終戦ならではの醍醐味だ。こればかりはライブでないと味わえない。

ジリジリ、ハラハラ、ワクワク、ドキドキ、色んな感情を味わえた2時間だった。

 

対スペイン戦も、ドイツ戦と同じく、前半は終始ボールを支配され、簡単に得点を許してしまう。カウンターで少し見せ場があったものの、ほとんどボールを持たせてもらえず弄ばれるような展開が続く。いつ、2点差にされ戦いに終止符が打たれてもおかしくない状況を耐え忍ぶ。

そして、後半に入り堂安と三苫が投入され戦い方が大きく変わる。

中盤よりも高い位置で相手攻撃の起点をつぶす場面が増えるにつれ、ゴール前のチャンスシーンも現れ始め、あれよあれよという内の2得点。

その後は、裏の試合でコスタリカが逆転した時間帯もあり、スペインですら予選通過が危ぶまれる状況も。スペインの猛攻をかわし続ける我慢の時間が続く。これほど時間が長く感じたことはない。

そして訪れた歓喜の瞬間。

まさに感情のジェットコースターに乗ったような気分。

 

それにしても、グループリーグでの強豪相手の2勝は、いずれも先制されてからの見事な逆転劇。これまでの代表戦ではあまり見たことがない試合展開ではないかと思う。

きっと、海外で活躍している選手も多く、その経験値に裏付けされた自信がこうした試合展開を可能にしているのではないかと思う。それが、決して奇跡などではない、堂々たる勝利につながっている。

 

さあ、次は目標としてきたベスト8をかけたクロアチア戦。まだまだ眠れない日々が続きそうだ。

 

 

(文中敬称略)

11月25日 日本代表、感動的な勝利!

2週続けてのサッカーの話題になることをお許し願いたい。

それでも、書かずにはいられない。

もちろん、開幕したワールドカップカタール大会でのグループリーグ初戦、日本代表が強豪ドイツを相手に2-1での逆転勝利をおさめたことについて。

 

勝ったという結果はうれしいがポイントはそこではない。

世界の強豪を相手に堂々と戦い抜き、勝ち切ったプロセスに心底感動している。

 

正直、前半の戦いはあまり褒められた内容ではなかったように思う。

残念ながらオフサイドになってしまったものの、ボール奪取からの早いカウンターからの攻撃は、先制点への期待を大いに抱かせてくれたし、相手の攻撃に対して粘り強い守備を見せてくれた。

しかし、PKでの失点でドイツに先制を許してからは、余裕の出てきたドイツに面白いようにもてあそばれる時間帯が続いた。どうしても、自陣ゴール前での攻防が増え、さらに点差を広げられるのではないかという不安感と嫌な空気が流れる。前半ロスタイム、オフサイドに助けられた場面を見て、正直、追いつけそうな要素はまったくないなと感じた方も多かったのではないだろうか。

試合前半を観ながら、テレビの前で発してしまった罵りの言葉の数々を、今は心の底から反省している。

 

後半に入り、日本は生まれ変わった。

森保監督の采配が面白いくらいに当たった。

久保を下げ、冨安を投入しシステムを5バックに変更。その後も、三苫、浅野、堂安、南野と攻撃的な選手を投入。徐々に3バックのような形になり、相手陣営に攻め込む場面が増え始める。

そして待望の同点ゴール。三苫からのパスを南野がクロスをGKがはじいたところに堂安が走り込みゴールマウスをこじ開ける。

さらに、8分後には縦パスを見事なトラップで処理した浅野が角度のないところから右足で逆転弾。

途中出場の選手が、それぞれの仕事を見事にこなす。

その後の試合展開も、十分に日本の強さが伝わる。一瞬、ドイツが格下に見えるような試合運びだったと言えば言い過ぎだろうか。

 

さあ、次はコスタリカ戦。

願わくば、来週もサッカーの話題について書きたい。そう思っている。

 

(文中、敬称略)

11月18日 京都サンガF.C. J1残留決定!

スポーツチームを率いるリーダーに求められる資質のひとつは、言葉によって人を動かす力ではないだろうか。

京都サンガF.C.の曺貴裁(チョウ キジェ)監督が語る言葉には聞くものの胸を揺さぶる力がある。

いつもそう感じる。

 

13日、J1復帰1年目のシーズンを16位で終えたサンガは、サンガスタジアム by KYOCERAにおいてJ2ロアッソ熊本とJ1参入プレーオフ決定戦を戦い、1-1で引き分け、来季J1残留を決めた。

試合は前半39分に先制するも、後半にはCKから追いつかれ終始攻め込まれる展開。粘りに粘ってのドローとなった。

 

明けて翌日14日、アワードパーティーが開催され、ホームタウン長岡京市を代表し私も出席させていただいた。

会場は、前日のプレーオフで残留を決めて間もないこともあり、多くの笑顔と安どの表情で明るい雰囲気に包まれる。

しかし、近くの席に座っておられた曺監督だけは終始厳しい顔だ。

胸に秘めた思いは、曺監督のあいさつの中で語られた。

 

「昨日の引き分けは本当のサンガの姿ではない。」

そんな言葉で始まった監督の言葉の端々には悔しさがにじみ出ている。

J1という厳しい環境において、前半は一時5位に浮上するなど好調を維持したものの、シーズンの後半には他チームから徹底的に分析をされ、思うような試合ができずじりじりと順位を下げる。

そんな中、本来監督自身が目指すアグレッシブなサッカーではなく、勝ち点を積み重ねる安全重視のサッカーをせざるを得なかった。

時に、リーダーに求められるのは、理想を追求するのではなく、結果を残すため、現実的な解と決断を下すことでもある。そして、その決断に対して自らが責任を負う覚悟もしなければならない。

その悔しさを飲み込みながら、

「自分が成長するしかない。」

そう語る監督の言葉に胸が熱くなる。

同列に語ることはおこがましいが、時に、私自身も最後の決断を迫られる立場にあるものとして心に響く。

 

J1残留という素晴らしい結果を残した。そのことにはぜひ、胸をはっていただきたい。

来季、京都サンガの活躍が見られるとするならば、この残留があってこそなのだから。

京都サンガの来季のさらなる飛躍を心から願っている。

京都サンガF.C.アワードパーティー2022 

京都サンガF.C.アワードパーティー2022

11月11日 STEAM(スチーム)教育

『STEAM(スチーム)教育』という言葉が最近よく使われる。

Science:科学、Technology:技術、Engineering:工学・ものづくり、Art:文化・芸術、リベラルアーツ、Mathematics:数学のそれぞれの学問領域の頭文字を由来としている。

この間の、小中高校の学習指導要領の改訂においても重視されている考え方でもある。

21世紀に入り、「理系人材の育成・重視」という文脈で、「科学、技術、工学、数学」を横断的に学習する「STEM(ステム)教育」に注目が集まったが、最近では、そこに「A」が加わり「STEAM」という言葉となった。

その背景にあるのは、環境問題や貧困・格差などの社会課題に目を向けた時、そうした課題を解決するためには、理系分野や技術だけではなく、生活・文化、政治や経済といった「複合知」が必要だという考えだ。

また、ビジネスの分野においても、新しい技術を生み出し、世の中に広めていくためには「創造性」や「デザイン」が重要だと指摘されている。

 

さて、先日、長岡京市に本社のある村田製作所が横浜市のみなとみらい地区に新たにオープンされた「村田製作所イノベーションセンター」を訪問させていただく機会を得た。

有する技術の数々がどのように社会の役に立つのかを、私たちにもわかりやすく展示されている施設や、車載技術の研究現場を見学させていただいた。

ここでも、まさに分野をまたがる技術が「複合知」につながるようなコミュニケーションが生まれる仕掛けがいたるところになされている。

子ども向けの科学体験施設「Mulabo!(ムラーボ)」も体験させていただいた。

科学の知識を楽しみながら得られるつくりになっており、大人でもとても楽しめるコンテンツが満載で、まさにSTEAM教育の拠点に相応しいものだと思う。

こうした場所から、未来を生み出す多くの子どもたちが世界に向かってはばたいてくれることを願っている。

村田製作所イノベーションセンター 

村田製作所イノベーションセンター

11月4日 話の順序

ふと、大切なことを突き付けられる。そんな魅力が広告やCMのコピーにはある。


 

2020年のお正月に掲載された百貨店のそごう・西武の新聞広告、「さ、ひっくり返そう。」は、今でも印象に残っている「作品」だ。


 


中央に小さく力士の炎鵬関の写真があり、その上に次の文章が綴られている。


じっくりお読みいただきたい。


 


大逆転は、起こりうる。
わたしは、その言葉を信じない。
どうせ奇跡なんて起こらない。
それでも人々は無責任に言うだろう。
小さな者でも大きな相手に立ち向かえ。
誰とも違う発想や工夫を駆使して闘え。
今こそ自分を貫くときだ。
しかし、そんな考え方は馬鹿げている。
勝ち目のない勝負はあきらめるのが賢明だ。
わたしはただ、為す術もなく押し込まれる。
土俵際、もはや絶体絶命。


 


少し悲観的な内容だ。


それでは、今度は文章を下の行から順に読んでみていただきたい。


 


どうだろう?


 


この文章を着想された方のアイデアや着想にはただただ感服するしかない。


まったく同じ言葉、同じセンテンス。


それを並べる順序が変わるだけで、これほどまでに伝えるメッセージは異なるんだという事実。


この秀逸な文章はそのことを如実に伝えている。


 


様々な場面でご挨拶やスピーチをさせていただく機会も多い立場ゆえ、話の組み立て方にも思いを致さなければならない。そんな気付きを与えてくれる。


 

 


10月28日 「いざ」への備え

さる10月21日、乙訓消火技術競技会が開催された。

少し風が気になるものの晴天のもと、乙訓2市1町の事業所の自衛消防隊の皆さんが、屋内消火栓や消火器操法それぞれの部門で練習の成果を競い合われた。

長岡京市役所からも男女それぞれのチームが出場し、屋内消火栓部門に出場した男子チームが見事準優勝、消火器操法部門(女子)に出場した女子チームが風に悩まされたものの6位という成績をおさめてくれた。奮闘を称えたい。

 

この間、コロナ禍で人が集まることを避けるため、こうした「いざ」への備えを行う訓練の機会はめっぽう減っている。

それぞれの事業所や地域においても、防災訓練や避難訓練を休止しておられるところも多いのではないだろうか。

 

10月30日は長岡京市の「防災の日」。

長岡京市では10月最終日曜を「防災の日」と定め、市内10小学校一斉で防災訓練を行うことを目指してきた。

今年は、30日の日曜日、長岡第6小学校をメイン会場とし、3年ぶりに市内すべての学校で避難所開設・運営訓練などを行う。

また、各地域での訓練に加え、特別養護老人ホーム 天神の杜 さんを会場に、福祉避難所の協定を締結いただいている事業所の参加を賜りながらの福祉避難所の開設・運営訓練、市役所職員による情報発信、災害対策本部会議の運用、状況予測型図上訓練なども併せて行う予定だ。

 

久しぶりの地域における防災力を高めるための貴重な機会でもある。

日曜日の朝のひと時、それぞれの小学校区での訓練を通して、今一度防災について考え直す1日としていただければと思う。

 屋内消火栓部門に出場した市役所男子チーム 

屋内消火栓部門に出場した市役所男子チーム

 

10月21日 LINEクーポン祭おかわり!

昨日10月20日(木)からガラシャウィークをはさむ11月16日(水)までの4週間、『長岡京市LINEクーポン祭 おかわり!』を行います。7月に続いて第2弾の開催となります。

 

LINEクーポンは登録店舗で使用できるクーポンで、第1弾を上回る250以上の店舗で利用が可能です。

今回は、利用者や事業者から頂いたご意見を参考に、様々な改善をくわえ、よりお得に、より使いやすい工夫をしています。

まず、割引率ですが、前回の20%から最大30%へとかなりお得な内容となっています。

また、お店のクーポンが探しにくいというお声が多かったことを受け、カテゴリー別の検索に加えて50音での検索ができるようにしたり、チラシやPDFと連動した呼び出し番号からクーポンを表示できるようにしました。

利用期間も、今回はすべての登録店舗で4週間いつでも使えるようになっています。

 

長岡京市では、この10月1日に「中小企業振興基本条例」が9月議会で可決いただき施行しました。

地域内のお店や事業所をより一層利用することで、地域内のお店や事業者を応援し、より魅力的で利便性の高いお店や事業所が増えるという好循環を目指していきたいと考えています。

今回の『LINEクーポン祭 おかわり!』もその一環です。

ぜひ、皆さんにとってお気に入りのお店や事業所を見つけてみて下さい!


「長岡京市中小企業振興基本条例」の詳細はこちらのページ(別ウインドウで開く)をご覧ください。

10月14日 二十歳(はたち)の祝典~未来へのはばたき~

すでにご存じのこととは思うが、今年の4月1日から民法改正により成年年齢が18歳に引き下げられた。このことにより、すでに令和4年4月1日に18歳、19歳に達しておられる方は新成人になることとなる。

 

こうした変化を受け、自治体が頭を悩ませたのが「成人式」の取り扱いだ。

成人に達する18歳で「成人式」を実施するのか、これまで通り20歳を迎えるときに行うのか。

これまで通りなら「成人」式という名称はどうするのか。

自治体ごとで考え方は異なるようであるが、全国的には実施時期について、これまで通り20歳で実施する自治体が多いようで、本市においても、同様の対応をする方針ですすめている。

 

そこで、「成人式」に代わる新たな名称を募集し、これから成人を迎える皆さんで決めていくこととした。

今年の春に、ホームページや広報紙、自治会回覧などで募集したところ、122件ものご応募をいただいた。

その中から、教育委員会で候補を5案に厳選。

この間、市内の中学校、高校、支援学校の生徒の皆さんによる投票、市役所やバンビオなど公共施設に設置した投票箱を通じて投票を実施してきた。

その結果、投票総数1,151票のうち386票を獲得し見事1位に輝いた、

 

『二十歳(はたち)の祝典~未来へのはばたき~』

 

と決定され、来年1月9日に実施される式典から使用されることとなった。

 

名称は変われども、20歳を迎えられる皆さんをお祝いする気持ちはいささかも変わらない。

人生の新たな門出に相応しい式典にしていけたらと願っている。

令和4年成人式のようす 

令和4年成人式のようす

10月7日 市制施行50周年記念式典・フォーラム~100周年に向けた次の50年へ

10月1日、素晴らしい晴天のもと、長岡京市市制施行50周年記念式典ならびに記念フォーラムを無事に開催することができた。

ご参加、ご協力いただいたすべての皆さんに心より感謝申し上げたい。

 

記念フォーラムでは、司会の毎日放送アナウンサー西村麻子さん、コメンテーターの小幡範雄立命館大学政策科学部特別任用教授にご協力をいただき、「サステナブルな長岡京市へ」をテーマに2部構成で実施。

第1部では、株式会社村田製作所の中島規巨代表取締役社長に、第2部ではサントリー株式会社京都ビール工場の小銀明工場長、地元の乙訓・西乙訓・立命館の高校生に、それぞれご登場いただいた。

 

50周年の節目を、皆さんとともにお祝いする意義とは、これまで歩んできた道を振り返りながら、多くの先人のご尽力やご貢献に感謝をするとともに、未来に向かった新しい歩みを始めるにあたり、市民の皆さんの思いとベクトルを共有することではないだろうか。

100周年に向けた次の50年に思いを巡らせたとき、「環境」や「脱炭素」が主要なテーマになることは論を待たない。

一方、環境対策や脱炭素の取組みの必要性は理解されつつあるも、「そんな先のこと私には直接関係ないよね…」、「我慢しないといけないし…」、「どうせ達成は難しいでしょ…」といったネガティブな印象を持たれる方もまだまだ多い。

今回のフォーラムは、グローバルに活躍されている企業、ローカルで行動する私たち自治体や市民、未来世代を代表する高校生の視点を通じて、少しでもポジティブに取組みを進めていくきっかけとしていただければと願い開催したものだ。

 

「我々は先祖から土地を受け継ぐのではない。子どもたちから土地を借りるのだ。」

 

フォーラムでも紹介した、アメリカの先住民族の間で伝わる言葉だ。

次の50年に向けた一歩を踏み出すとき、この気持ちを少しでも共有できたとすれば幸いだ。

記念フォーラム第1部 ゼロカーボンシティ長岡京への挑戦 

記念フォーラム第1部 ゼロカーボンシティ長岡京への挑戦

記念フォーラム第2部 サステナブルってなに?水と生きる企業に聞く実は身近なSDGs 

記念フォーラム第2部 サステナブルってなに?水と生きる企業に聞く実は身近なSDGs

9月30日 祝・ご長寿

敬老の日は少し過ぎてしまいましたが、9月の市議会定例会も終わり、今年度100歳のご長寿をお迎えになられる皆さん、市内男女最高齢の方々のお祝いに伺ってきました。

今年は、新型コロナの感染は減少傾向にはあるものの感染防止に最大限の配慮をし、訪問前2日間の抗原検査を経るなど、施設側からの安全管理へのリクエストに応じながらの訪問となりました。

 

今年度、100歳を迎えられる皆さんは、女性31名、男性4名の計35名で、例年よりも多くの方がめでたく100歳を迎えられます。

なお、女性の最高齢の方は109歳、男性の最高齢の方は106歳。

本日時点で100歳を超えておられる方は50名おられます(上記35名中、すでに100歳に達しておられる方はこの中に含まれます)。

ちなみに、90歳代の長岡京市民は1,341名(9/29現在)おられます。

それから考えると、「人生100年時代」とはいうものの、実際に100歳を超えるのは「狭き門」なのかもしれません。

 

さて、それにしてもです。

皆さんのお元気さには驚かされます。

まだまだ、在宅でお一人暮らし(もちろん家族のサポートを受けながらではありますが)という方も多くおられます。

離れた地域で暮らすご家族が「一緒に住もうよ」といくら誘っても、「長岡京市は暮らしやすいから絶対に嫌。離れたくない!」とおっしゃっていただく方もけっこうおられます。市長冥利に尽きます。

男性最高齢106歳の田中武夫さんは、新100歳のお祝いにお邪魔した時に、「最高齢を目指してくださいね」と申し上げた私の言葉を覚えていただいており、それを有言実行していただいたとか。

 

こんな風に、お祝いに駆け付けたつもりが、逆に皆さんからたくさんの元気と勇気をいただいた訪問となりました。

皆さんの、末長いお幸せを心よりご祈念申し上げます。

9月16日 愛しき無駄な時間

学生時代を振り返った時、思い浮かぶ風景は?

そう聞かれたら、皆さんは、どんな風景を頭の中で描かれるだろうか。

 

私の中では、ある一つの象徴的な場面が記憶に蘇える。

それは、烏丸今出川の北西角にあるCoCo壱番屋の窓から眺める交差点の風景だ。

 

午前中、ほぼ開店と同時にまだ人影の少ない店内で、交差点を眺めることのできる窓側の席に陣取る。

カネもないので、何もトッピングもせずシンプルなカレーを注文する。

そして、定期的に地下鉄の出入り口から吐き出され、大学へと吸い込まれていく人並みを見続ける。食い入るように。

目の前には、図書館で借りた小難しそうな分厚い本が文字通り置いてある。お店の人への、それなりに長居しますよとのメッセージだ。しかし、意識は窓の外の交差点へ。読書が進むべくもない。

出てきたカレーも、もちろん美味しくいただく。「ココイチ」のカレーが絶品であることは言うまでもない。でも、それが目的ではない。やはり、窓の外への意識を忘れることはない。

食事を終えても、じっと外を見続ける。時折、水を口に運びながら。

 

そして、突然、歓喜の瞬間は訪れる。

交差点を歩く人々の群れの中に、待ち望んだ知った顔を見つける。席はキープしたまま外へダッシュ。

そして、息も整わないまま、肩をたたき、声をかける。

「麻雀しよ。」

 

携帯電話もない時代、この方法が最も効率的な麻雀仲間の集め方だった(と思う)。

もちろん、坊主の日もある。

ただただ待ち続ける、無駄な時間。でも、わくわくする時間。

 

気がつけば、なじみの雀荘で、一卓、二卓と仲間が卓を囲んでいる。もちろん外は真っ暗だ。きっと、もうすぐ最終電車もなくなるだろう。

それでも至福の時はやめられない。だって、あれだけ待ったのだから。

 

大人になり、仕事やら何やらに追われることに慣れ、ただただ無駄に時間を過ごすことは罪だという意識を叩き込まれたような気がする。

だからだろうか、あの頃の無駄だとしか思えない時間が、懐かしくも愛しくも感じるときがあるのだ。

9月9日 まるごとヘルシーフェスタ

さる9月2日に開催された市議会9月定例会の一般質問に登壇された市議のお一人が新型コロナウィルスに感染されたことが判明し、当該市議の答弁に立った私を含め、質問席の近くにいた議長や議会事務局、市側理事者、直後に質問に立たれた市議が濃厚接触者と特定をされました。

国の示す濃厚接触者の基準を踏まえつつ、感染拡大防止を最優先するため、現場の状況を総合的に勘案し、その範囲を広げての判断となりました。

その後、特定日から2日目、3日目の抗原検査で私自身の陰性は確認できたので、5日に予定されていた本会議一般質問に備え市役所の市長室で待機しましたが、議会としては現在の感染状況を鑑み、一般質問の開催の延期を決定されました。これもまた、感染拡大防止を最優先にされた判断です。

このことを受け、私自身も、原則5日間とされる濃厚接触者の自宅待機期間を尊重し、7日まで在宅でのリモートワークをすることといたしました。

在宅期間中においても、J-LIS(地方公共団体情報システム機構)の提供する機能を活用し、自宅のPCからほぼ市長室にいるのと変わらないくらいに快適に作業ができますし、リモートでのミーティングもだいぶ皆さん慣れてきた感じで、一定のコミュニケーションは問題なくこなせます。コロナ対応とはまた別で、新しい働き方へのイマジネーションもふくらみましたので、この期間を自分自身は前向きに受け止めたいと思っています。

とはいえ、この間、予定を変更せざるを得ず、ご迷惑をおかけした方々もおられます。

改めて、この場をお借りし、お詫び申し上げます。

すでに8日から通常に市役所へ登庁し執務をしております。皆様方のご理解をよろしくお願い申し上げます。

 

さて、最後にお知らせをひとつ!

9月10日(土曜日)、JR長岡京駅西口のバンビオ1番館において『まるごとヘルシーフェスタ』を開催します。

健康づくりの啓発活動として、歯科医師会や済生会病院の皆さんと3年前から企画をしつつも、コロナ禍で開催がかなわず、今回、いよいよ開催です。

今回はOTOKUNIレザミさんのご協力も頂き、お子様連れから高齢者の方まで幅広い世代の皆さんに、楽しみながら健康づくりについて考えていただく良い機会となるはずです。

ぜひ、こんな時期だからこそ、ご参加ください!

9月2日 子どもの多様性に応じた教育を

私たちが子どもの頃、「天才少年・少女」と称して、例えば、世界各国の国旗と国名を正確に記憶したり、日本中の駅名をすべて暗記している子どもたちが取り上げられる番組があった。幼心にとても感心したものだ。

そんな、先天的に顕著に高い知性や精神性、共感的理解、洞察力、独創性、優れた記憶力を持つ人々のことを、最近では「ギフテッド(Gifted)」と呼ぶそうだ。まさに天賦の才、天から与えられた贈り物ということだろう。

 

文部科学省において、こうした特異な才能を持つギフテッドの子どもへの支援の検討が進んでいる。

来年度にも特性に応じた高度なプログラムを提供する実証研究を開始するそうだ。

今後、一部教科での高度なオンライン教育の実施、外部機関と連携した特別プログラムの提供、才能への理解を深めるための教員研修の実施などに取り組んでいく。

 

海外では、並外れた知能や芸術的な才能、特定科目での突出した能力などを持つ子どもたち向けの教育プログラムを持つ国も多かったのだが、ここにきて我が国でも、遅ればせながらこうした検討が進んでいく動きを、まずは歓迎したいと思う。

 

ここで何よりも大切な視点は、個々の子どもたちの特性に合った教育を提供していくことの重要性だ。

特異な才能を持った子どもたちの才能を伸ばしていくことも、勉強が苦手な子どもたちにしっかりサポートしていくことも、個々の特性に応じていくという意味では同じ価値がある。

ともすれば、画一性と単に外形的な基準や量で平等性・公平性の担保を求められてきた日本の教育現場において、大きな発想の転換点となるかもしれない。

 

いずれにせよ、直接子どもたちと接する学校現場の力量と教育制度の柔軟性が問われることは間違いなさそうだ。

子どもたちの多様性を見つめ、その多様性に応じた多彩な育て方を模索してく必要がある。

その意味では、私たち地方自治体の役割も大きい。

8月26日 逆流する世界

1990年代初頭、フランシス・フクヤマが「歴史の終わり」を著し、ソビエト連邦の崩壊をもって、民主主義と自由経済の勝利を宣言した時、概ね多くの人々が肯く世界情勢であったし、安定した政治体制と世界秩序が訪れるであろうという期待に胸を膨らませたものだ。

しかし、そこから30年あまりが経過をした今日、歴史に流れがあるとすれば(決して進歩史観に与するわけではないが)、その流れは逆流しているように感じざるを得ない。

 

ロシアによるウクライナ侵略からはや半年が経とうとしている。

戦局は消耗戦の様相を深めており、事態打開に向けた道筋もなかなか見えてこない。

 

この間、国際社会の風景は大きく変化し、経済・政治の両面において分断が進んでいる。

民主と強権という国家観の隔たりを軸にした対立に加え、それぞれの国の利害に基づく中立群の存在を考えれば、世界は概ね3極化しているといえる。

今回のウクライナ侵略に対する態度で各国を分類してみると、侵略に批判的ないわゆる欧米を中心とした西側陣営、親ロ的な立場を鮮明にする陣営、インドやトルコに代表される中立陣営に分かれる。

衝撃的なのは、これら3陣営をGDPベースで見ると、西側陣営が約70%、親ロ陣営が約20%、中立陣営が10%と西側陣営が圧倒的なシェアを占めるものの、人口ベースで見ると、西側陣営が36%、親ロ陣営が32%、中立陣営が32%とほぼ均衡しており、このことが世界の分断の深刻さを象徴している(2022年6月27日 日本経済新聞)。

 

こうした分断は経済においても如実に表れており、「歴史の終わり」以降、急激に進んだグローバル化の流れもまた逆流し始めている。皮肉なことに、グローバル化が進んだがゆえ、双方の陣営にとって相手を攻撃する材料に事欠かない。

世界貿易機関(WTO)は、国際社会がブロックに割れ、サプライチェーンが機能しなくなると、世界の生産額の5%が失われると警告する(2022年8月22日 日本経済新聞)。

つまり、このままの状態が続くことは、誰しもが損をするということだ。

 

戦前、石橋湛山は小日本主義を唱え、拡大志向を強める軍部に対して批判的な論説を展開した。

その主張は、決してロマンチシズムに基づくものではなく、植民地の拡大とそれに伴う欧米との対立を通じて得る利益は小さく、植民地を放棄し通称国家として生きていくことこそが国益にかなうとした。

今、世界を眺めるとき、こうした現実主義的な世界観にこそ、逆流に抗うヒントが隠されているのではないだろうか。

 

そんなことを考えた暑い八月もそろそろ終わろうとしている。

8月19日 時代の流れを見極める

「VUCA(ブーカ)」という言葉をご存知だろうか。

「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」という言葉の頭文字を並べ、社会において将来の予測が困難な状況を表現する言葉として、ここ十数年、ビジネスの世界などで使われるようになった。

 

確かに、私たちの周りでは「想定外」という言葉に象徴されるように、これまでの常識では考えられないような事象が、各地で起こっているように感じる。

経済が順調に成長していた時代のように、未来に対して期待や希望を持ててさえいれば、多少、予測ができなくても楽観的でいられただろう。一方、現在は決してそうした状況にはなく、明るい未来が起こる蓋然性は決して高いとは言えない。だからこそ、先行きが見えにくく不透明であることは、心理的に不安を喚起せざるを得ない。しきりに「VUCA」という言葉が用いられる背景にはそうした事情があるのだろう。

 

では、じっくりと歴史を振り返ってみた時、「VUCA」ではなかった時代が果たしてあったのだろうか?

 

私たちは、事後的に歴史を見渡すことができる。

だから、それぞれの歴史的事実や出来事の間の相関関係を合理的な説明を伴いながら解釈し、結びつけることができる。

しかし、仮に自分自身がその時代に居合わせた場面を想像して欲しい。

果たして、次に起こる出来事を予測し、当然のことと受け止められただろうか。答えはきっと否だろう。

そう考えれば、現在だけが「VUCA」なわけではなく、私たちの社会はどんな時代も「VUCA」であり、常にダイナミックな変化があることこそが社会の本質であるといえるのではないだろうか。

 

この夏季休暇に『シュンペーター~資本主義の先を予言した史上最高の経済学者/名和高司(日経BP)』を読んだ。

シュンペーターにとっては、均衡状態にあることを前提とした予定調和、すなわち予測可能性は幻想であり、常に動態的なものだ。

このダイナミズムの源泉をイノベーションにあると捉え(「経済発展の理論」)、社会の変動を起こす要因を長期的に分析し(「景気循環論」)、次に来る資本主義の未来を予測した(「資本主義・社会主義・民主主義」)。こうした長いスパンでの時代の流れを的確な分析力で見極めたところにシュンペーターの魅力がある。

 

「VUCA」だからと諦め嘆くだけではなく、目の前で起こっていることの意味や潮流を見極めようとする姿勢を持ち続ける。そんなシュンペーターの姿勢こそ、私たちは学ばなければならない。

8月5日 熱い夏は続く

連日の暑さに負けないくらい、子どもたちの活躍が熱い。

 

7月29日から8月1日までの4日間、西山公園体育館において『若葉カップ全国小学生バドミントン大会』で小学生たちが熱戦を繰り広げた。

7月に入ってからの新型コロナの第7波による感染拡大のため、開催の可否について危ぶまれた局面もあったが、感染対策を徹底した大会運営など関係者やボランティア・スタッフのご協力により、無事に終えることができた。

一部棄権をせざるを得ないチームもあり、きっと悔しい思いをした選手たちもあったかもしれないが、コートの中で元気いっぱいにシャトルを追いかける選手の姿を見ていると、やっぱり開催できてよかったんだと思う。携わったすべての皆さんに感謝を申し上げたい。

 

そして、今週は中学生たちにとっても躍動の場が待っている。

火曜日には、近畿大会に出場する市立中学校の生徒たちが大会にのぞむ決意を語ってくれた。

今回の近畿大会には、団体種目で長岡中の女子バドミントン、長三中の男女バドミントン、同じく男子卓球、そして、個人種目で陸上女子100mに長二中の木和陽香さんが出場を決めている(木和さんは参加標準記録を突破しているため全国大会にも出場が決まっている)。

また、今週行われた京都府中学校吹奏楽コンクールでは、長岡中、長二中、長三中、そして小編成の部でも長四中が見事に金賞を獲得。市内すべての中学校が金賞という快挙。さらに、長二中は姫路で開催される予定の関西吹奏楽コンクールに京都府代表としての出場を決めてくれた。

 

さて、7月30日、市制施行50周年特別記念事業『夢叶えたい人、この指とまれプロジェクト』の第1弾、今冬の北京冬季オリンピックにフリースタイルスキーモーグルで出場を果たされた松田颯選手によるアクロバット教室&本気の「進路(ゆめ)」相談が行われ、大勢の小学生たちが目を輝かせながら参加してくれた。

きっと、この子どもたちが近く、すでに活躍している先輩たちのように輝いてくれるに違いない。

 

長岡京市の熱い熱い夏はまだまだ続く。

若葉カップの様子

若葉カップのようす

近畿・全国大会にのぞむ中学生たち

近畿・全国大会にのぞむ中学生たち 

松田選手とのアクロバット教室&本気の「進路(ゆめ)」相談

松田選手とのアクロバット教室&本気の「進路(ゆめ)」相談 

7月29日 7月臨時会を開会

28日、令和4年長岡京市第3回議会臨時会が開かれ、総額4億4,000万円余の一般会計補正予算案(第3号)を審議いただき、全会一致にて可決をいただいた。

 

今回の補正予算案は、現下の原油価格や物価の高騰を受け、市民の暮らしや事業者の経営を支えるための緊急対策として、国の経済対策による新型コロナウイルス対応地方創生臨時交付金を活用しながら編成したものだ。

この間の国や京都府の支援策等を見極め、重複を避けながら、連携により効果を発揮できるよう意識しながらの編成作業となった。

大きくは次の3つの柱による政策パッケージとして各種支援策をとりまとめた。

 

■原油高、物価高騰下で影響を受けた家計を支援:約3億2,100万円

 ▼家計支援給付金

  市民生活への影響に緊急かつ機動的に対応するため、1世帯あたり3,000円、世帯員1名あたり2,000円の現金を給付。ただし、高額所得者については対象外とする(R3年所得が972万円以上)。

    例:1人世帯 = 5,000円(3,000円+2,000円)  4人世帯=11,000円(3,000円+8,000円)

 

■原油高、物価高騰下での事業継続を支援:約1,800万円

  ▼交通事業者への運行継続支援

     路線バス事業者:年間運行距離に応じて燃料費高騰分を支援

     タクシー事業者:所有車両1台あたり5万円の支援(個人・法人とも)

     貸切バス事業者:所有車両1台あたり5万円の支援

 

  ▼農業者の営農継続支援

     肥料や農薬等の安定的な確保を支援するため、既存奨励金に臨時の上乗せ支給を実施

 

■原油高でも持続可能な市民生活・事業活動へ向けた省エネ・エネルギー転換等支援:約7,000万円

  ▼「省エネ推進リフォーム工事券」実施事業

       商工会が新たに実施する省エネ推進リフォーム工事券事業のプレミアム分30%(購入上限30万円)を支援

 

  ▼COOL CHOICE実践補助金の臨時枠を追加

     既存の個人向け太陽光・蓄電池の設置補助枠を追加

     次世代自動車の導入支援対象に事業者枠を追加

 

  ▼小規模事業者を対象とした省エネ推進緊急支援金の創設

     小規模事業者や中小企業者が実施する省エネ対策への京都府の補助事業(事業費の3/4・上限50万円)に、事業規模に応じた上乗せ支援を実施

 

  ▼福祉事業者等を対象とした省エネ推進緊急支援金の創設

   社会福祉施設等が実施する省エネ対策への京都府の補助事業に、事業規模に応じた上乗せ支援を実施

 

今回、議会で成立したこれら施策の早期の実施に取り組んでいきたい。

7月22日 映画「破戒」に思う

人の世に熱あれ、人間に光あれ。

 

ここ京都の地において、水平社宣言がなされて今年はちょうど100年を迎える。

この週末の3連休、全国水平社創立100周年を記念して封切られた映画「破戒」を観た。

 

これまでも名だたる巨匠が映画化してきた島崎藤村の不朽の名作を、若手俳優として活躍が目覚ましい間宮祥太朗を主演に、矢本悠馬や石井杏奈など若手俳優に加え、眞島秀和、竹中直人、石橋蓮司、小林綾子など名優をキャスティングしリメイク。

自らの出自に悩む青年・丑松を演じた間宮の朴訥としながらも熱い感情が滲みだすような演技が、観客の気持ちをスクリーンへと引き込んでいく。

 

瀬川丑松(間宮祥太朗)は、自分自身が被差別部落出身であることを隠しながら、故郷を離れ小学校の教員の職に就く。

自らの周囲で目の当たりにする部落差別の現状に思い悩みながらも、生徒にも慕われ、下宿先にも恵まれ、そこで出会った旧士族の娘・志保(石井杏奈)に恋心も抱き始める。

学校では同僚教師の銀之助(矢本悠馬)に支えられながらも、少しずつ周囲が自分の出自に疑いの目を向け始める中、丑松は次第に被差別部落出身の思想家・猪子蓮太郎(眞島秀和)に傾倒していく。

父と約束した、「自らの出自を決して語ってはならない」という戒めを破るか否か。

丑松が出した答えとは。

 

映画の中で、訪れた丑松を迎えた猪子蓮太郎が言う。

 

今、世界は変わりつつある。それでも、人の心から差別は決してなくならない気がするんだ。

なぜなら、人間の心は弱いから。

 

映画が描いた世界から100年を超えるときがたった現在。

私たちのまわりには、大小にかかわらず、様々なかたちでの差別がまだまだ存在している。

まずは、その事実を直視しなければならない。

そして、一人ひとりが自らの胸に手を当て考え続けていく。誰かを傷つけていないかを。

 

                                   (文中敬称略)

7月15日 安倍元総理を悼む

7月8日(金)、奈良県内で行われていた参議院議員選挙の遊説中に、安倍晋三元総理が背後から銃撃され命を奪われた。

報道に接して以降、何とか一命だけは取り留めていただきたいと願い続けていたものの、夕刻、お亡くなりになられた事実を知る。残念でならない。心よりご冥福をお祈り申し上げる。

このようなテロ行為は決して許されることではない。犯行に至る背景にどのような理由があるにせよ、そこには1mmたりとも反論の余地は与えられない。断固たる非難の意を表したい。

 

戦後日本において、普遍の価値として当たり前のように受け入れてきたはずの民主主義。

それを象徴する選挙戦の真っただ中で、このような卑劣な行為が行われたという事実に愕然とせざるを得ない。

事件から一週間、少しずつ事件の概要が浮かびつつあるが、自分の中では、いまだに、起こった事実の衝撃の大きさを体感として受け止めかねているし、この惨劇をどう解釈するべきなのか消化できずにいる。

 

私たち政治家は、多くの人の前でマイクを持ち自らの考えを訴える。ある意味、基本的な行動だと言っても過言ではない。ゆえに、あの銃撃の場面に、銃撃の対象として、もしかしたら存在し得た可能性を容易に想像できてしまう。そこに、より一層の怖さを実感として抱いてしまうことは否定できない。

古来、支持・不支持に関わらず、不特定多数に対する訴えかけを行うことは、民主主義の根幹ともいえる言論空間として極めて重要な場である。

だからこそ、今回の事件によって萎縮や自己規制があってはならないのではないだろうか。

政治家と有権者をつなぐ有効なコミュニケーション回路を決して断ってはならない。

言論によるコミュニケーションの場を死守していくことこそが、私たち政治に携わるものの使命であり、今回の事件に異議申し立てを行い抗う一つのすべではないかと考えている。

7月8日 高校野球 京都予選が始まる

例年よりも早い梅雨明け、そして猛暑。連日続く真夏日に、もううんざりという方も多かろう。

新型コロナの感染拡大防止のため、この2年間で染みついたマスク着用の習慣も、これだけ記録的な暑さが続くと、時には凶器となり得る。くれぐれも熱中症にはご注意を。

政府も、屋外での移動の際などは基本的にマスクをはずすことを推奨している。

ルールに従いながら、臨機応変な対応をお願い申し上げたい。

 

願わくば、もう少し暑さも和らいでほしいと思いつつ、夏の炎天下の暑さこそ似合うものもある。

そう、高校野球だ。

照り付ける太陽のもと、したたる汗をぬぐいながら、懸命に白球を追う姿こそ、人の胸を熱く揺さぶるのかもしれない。

 

今年も、明日7月9日から夏の甲子園を目指した全国高等学校野球選手権大会の京都大会が開幕する。

27日の決勝を目指し、75校72チームの球児たちが熱戦を繰り広げる。

長岡京市からは、西乙訓高校が11日正午から、わかさスタジアム京都において、対農芸戦、同じく立命館高校が11日正午から、あやべ・日東精工スタジアムにおいて、対立命館宇治戦、乙訓高校が13日午前9時30分から、わかさスタジアム京都において対京都先端科学大学付属戦で、それぞれ初戦を迎える。

今年の京都大会は、観客数の制限はなく、「声なし応援」を原則としながら、準々決勝からは吹奏楽の演奏による応援も認められるという。

コロナ禍はまだまだ予断を許さないものの、ここでもまた、少しずつではあるがコロナ前の日常の景色を取り戻す動きが進みつつある。

 

ぜひ、長岡京市民の皆さんの温かいご声援をお願い申し上げたい。

そして、多くの市民にたくさんの勇気を与えてくれるような、選手たちの熱いプレーを期待している。

西乙訓高校野球部

西乙訓高校

立命館高校野球部

立命館高校

乙訓高校野球部

乙訓高校

7月1日 負けないこと

中国は春秋時代の兵法家、孫子は、「将に五危あり」として、リーダーがすべきではないこととして五つの危険を指摘している。

その中の一つに、「必死になること」を挙げている。

必死になることで、視野が狭い中で判断をしてしまい、思慮の浅い行動が取り返しのつかない結果を招いてしまう。そんな危険性を指摘し戒めている。

 

確かに、世の中を見渡してみると、仕事にしても、勝負ごとにしても、うまくいかなかったり、敗けが続いた場面で、起死回生を狙った一発勝負は、なかなかうまくいかないのが落ちだし、ともすれば、そこから泥沼にはまり、より事態を悪化させる。そんな例は枚挙にいとまがない。

 

作家の沢木耕太郎さんとプロ雀士の田村光昭さんの対談の中に、深く示唆に富む言葉がある。

旅を題材にした対談のなか、お二人が共通してのめり込んだマカオでのバカラの話題で盛り上がる。

話は、やはり、どうやったら勝てるか、その必勝法に及ぶ。そこでの田村さんの言葉が秀逸だ。

 

「勝てばツキで、負ければ実力という箴言は、本質を衝いています。勝ち方というのは永遠に未知ですからね。負け方というのは、逆にはっきりしているんですよね。こうすれば負けるというセオリーがある。ハウ・ツー・ウィンはないけれど、ハウ・ツー・ロスはある。だから、その形だけは徹底的に体に刻み込まないといけない。柔道で言えば受け身、相撲で言えば股割りみたいなものですね。投げ飛ばされても骨折しないような技術を習得しなくちゃいけないんです。(『貧乏だけど贅沢/沢木耕太郎/文春文庫』より)」

 

古代の戦略家と希代の勝負師が、良いときではなく悪いときの自らのコントロールの仕方、勝つことではなく、負けないことの大切さを説く。きっと、そこに本質は隠れているのだろう。

しかしながら、その境地にたどり着くのはなかなかに難しいものでもある。

6月24日 パブリックハック PUBLIC HACK

大阪市内の河川などの水辺空間の活用などエリアマネジメントに取り組まれた笹尾和宏さんの著書に、『PUBLIC HACK(パブリック ハック)/学芸出版社』がある。

タイトルでもあるPUBLIC HACKとは、公共空間において、「個人が自分の好きなように過ごせる状況が実現すること」と定義される。個々人にとって居心地の良い空間を創り出すことで、その「まち」らしい魅力をもたらそうとするアプローチだと言える。

 

そんなPUBLIC HACKなイベントが長岡京市でも近く開催される。

 

そのひとつが『セブラボ野外シネマ in the summer』だ。

旧新田保育所の跡地活用に取り組んでいただいている長岡京セブンストリート・ラボ運営委員会の主催で、7月9日の土曜日、午後5時45分開場、午後7時30分スタートで、映画「ドクター・ドリトル」を野外上映される。クレープやたこ焼きなどのフードやソフトドリンク、アルコールなどの販売もあるそうだ。

 

もうひとつが『神足商店会 夏まつり』だ。

7月23日の土曜日と24日の日曜日の両日午前11時から午後7時までJR長岡京駅前バンビオ広場で開催。

大抽選会やカラオケ大会、マルシェやキッチンカーなどもあるようだ。

 

様々な我慢を強いられた2年間を経た今だからこそ、お一人おひとりの市民の皆さんにとってのPUBLIC HACKを見つけていただけたらと思う。

私もそんなPUBLIC HACKを応援していきたい。

6月17日 物価高騰への対応

世界で歴史的な物価高が起こっている。

主要国の中でも、米国の消費者物価指数は5月に上昇率は8.6%と40年ぶりの水準に達するなど、英独においても高い水準に達している。

一方、長年のデフレ体質にくわえ、新型コロナ対策による需要の低迷に直面し、消費者物価指数もマイナスの水準に留まっていた日本においても、じわじわと上がり始めている。

日本経済新聞の調査によれば、食料品(酒類除く)と光熱費、家賃、住居費など「生活費」物価指数では、上昇の傾向がより顕著に表れているようだ(2022年6月15日朝刊)。

 

こうした物価高騰の背景には、まず国際情勢の対立構造がある。

この間の米中対立を軸としたサプライチェーンの分断に加え、ロシアによるウクライナ侵攻は新たな対立要素を国際社会に持ち込んだ。

加えて、新型コロナによる生産や物流面での影響も大きく供給側の制約要因となっている。

また、諸外国が金融政策において利上げによる引き締めへと移行する中、金融緩和策を継続する我が国においては大幅な円安が進んでおり、そのことが食料や資源などの輸入価格を押し上げ、物価高騰への圧力となっている。

もちろん、新型コロナの影響による消費マインドの回復、各種規制からの解除もまだまだ途上でもある。

 

こうした状況を勘案すれば、物価水準の高騰はそう簡単に収まらないし長期化する可能性が高く、本格的な高騰はこれから生じてくる。そう認識しておかなければならないのではないかと考えている。

分断された国際社会の情勢はそう簡単に方向転換しそうにもなく、これからの国際関係の基調に流れ続けていくことが予想される。

大半を輸入に頼っている天然ガスや小麦などの価格は、現状ではウクライナ侵攻の影響はまだ織り込まれておらず、影響が出始めるのは秋以降になる。

金融政策に基づく諸外国との金利差は、拡大こそすれ、解消していく手だてには手詰まり感が否めない。

 

現在、国においては原油高・物価高騰対応として総合緊急対策を策定。その中で、本市においても地方創生臨時交付金が配分される予定となっており、本市においても対策のための補正予算の編成に取り組んでいる旨、先般の市議会一般質問でも表明した。作業を急ぎたい。

6月10日 梅雨の季節を前に

6月、今年もまた梅雨の季節がやってくる。

この春を振り返ってみると、降雨の少なさや初夏とは思えない時期の冷え込みなど、どこかいつもとは異なる気候に思えてならない。これから本格的に迎える出水期を前にいささか不安を感じているのは私だけだろうか。

 

だからこそ、備えはしっかり行わなければならない。

5日の日曜日には、長岡京市水防訓練を実施した。

勝竜寺の小畑川・犬川合流地点において、約100名の消防団員、消防職員、市役所職員に参加いただき、土のうづくりや各種水防工法の実践に取り組んでいただいた。

また翌6日の月曜日には、長岡京市防災パトロールを実施。

雨天の中にも関わらず、京都府や消防団長、水防団長、府議・市議など関係各機関にご参加いただき、京都市伏見区の大下津地区における桂川で国が実施をする引堤事業(堤防をセットバックさせることで河川を拡幅することによって流下能力を大きくする事業)の巡察ならびに意見交換会を実施した。

いずれも、新型コロナウイルスの影響で3年ぶりの本格的な実施となる。

 

先日、東京で開催された「全国防災・危機管理トップセミナー」にて、熊本県人吉市の松岡隼人市長の報告を拝聴する機会があった。

人吉市は、九州地方を襲った令和2年の7月豪雨において球磨川の氾濫により甚大な被害を受けられた。松岡市長ご自身も被災された中、災害対応にご尽力されたご経験に基づくご講演は非常に切実であり、私たち他の自治体にとっても教訓とすべき事項を学ぶ貴重な機会となった。

 

「雨が降り続き、実際に川の水位が上昇し堤防を越え、市街地に水があふれ浸水していく段階になると、私たちはその状況をただ茫然と見つめることしかできなかった。

そんな状況になる前に、やれるべきことをすべてやれたかどうか。悔しい思いで立ち尽くすしかないんです。」

 

そんなお話がとても印象に残った。

もちろん、やるべきことは全力でやり切られたんだと思う。それでも、災害は起こる。

だからこそ、悔しさは募るのだと思う。

 

あの時、こうしておけばよかった。

そんな後悔をしないよう、出水期に向けて準備を整えていくことを改めて胸に誓う。

水防訓練のようす  

水防訓練のようす

6月3日 3年ぶりに

このところ、いろんな場面で『3年ぶりに』という言葉を口にするし、耳にもする。

新型コロナウイルスの感染も一定の落ち着きを見せる中、今年度に入り4月以降、各種団体の総会なども再開されることが増えてきた。社会が少しずつ動き出したことを実感させられる。こうした着実な動きを一歩ずつ前に進めていきたく思う。

 

5月31日から6月1日にかけての両日、まさに『3年ぶりに』開催された全国市長会の総会や関連する各種会議等に出席するため東京を訪れた。

今回の出張では、全国市長会の通常総会はもちろん、役職をいただいている理事・評議員合同会議や財政委員会への出席の他、全国から600名を超える市長が集まる機会を捉えて開催される万博首長連合や防災・危機管理トップセミナーなどにも参加した。

また、こうした会議の合間を活用して、各省庁の担当者を訪問し、国の最新の動向などの情報収集や長岡京市としての要望活動を行ったりもする。今回も2日間を目いっぱい活用させていただいた。

 

確かに、この2年間も各種会議等はオンラインで実施されたものもあった。

その意味では、こうしてわざわざ集まらなくても得られる情報もなかったわけではないし、総会で議案を審議したり議決を得るなど所与の目的だけを達成することは十分可能だとは思う。

しかし、今回の2日間を通じて改めて感じることは、主な目的の少し外側にある会話やコミュニケーションの大切さだ。

会議の合間に出会った知り合いの市長と話をする中で。

京都府に出向された経験のある旧知の役人さんと挨拶を交わす程度の会話の中で。

そんなオフィシャルな回路とは少し別の回路の中に、新しいアイデアへのヒントがたくさん隠されていたりするものだ。

 

今回の東京訪問でもたくさんの刺激をいただくことができた。

『3年ぶりに』再開し始めた機会をこれからも活かしていきたい。

全国市長会議のようす 

全国市長会議のようす

5月27日 REBORN 京都済生会病院

若夫レ無告ノ窮民ニシテ醫藥給セス天壽ヲ終フルコト能ハサルハ朕カ最軫念シテ措カサル所ナリ乃チ施藥救療以テ濟生ノ道ヲ弘メムトス

(もし国民の中に頼るべきところもなく、困窮して医薬品を手に入れることができず、天寿を全うできない者があるとすれば、それは私が最も心を痛めるところである。こうした人々に対し無償で医薬を提供することによって命を救う「済生」の活動を広く展開していきたい。)

 

明治44年2月11日、明治天皇による桂太郎総理大臣への『済生勅語』の一節。

この際に下賜された150万円を基金として官民から寄付金を募って創立されたのが恩賜財団済生会である。

 

昭和58年、済生会京都府病院が京都市北区から長岡京市・今里の地へ移転される。

当時、乙訓地域に総合病院がなかったこともあり、急増する医療需要に対応するため、長岡京市が中心となり誘致が行われた。以来、乙訓地域の急性期医療の中核としてその役割を果たしてきていただいた。

そして、この度、6月1日に、阪急西山天王山駅、京都縦貫自動車道長岡京IC付近への移転をし、「京都済生会病院」へと名称も新たに生まれ変わられる。

それに先立ち、5月22日、竣工記念式典と内覧会が行われた。

 

今回のリニューアルにより、手術室はもちろん、透析センターや内視鏡センター、HCU(高度治療室)が充実されるほか、感染症への対応も強化される。また、産科と小児病棟が一体となることで、分娩機能など周産期医療の環境も向上する。

地域とのつながりの面では、1次救急を担う乙訓休日応急診療所や乙訓医師会の事務局なども同一敷地内に移転され、より一層の連携が進められる。

 

老朽化した現病院の更新と機能向上、さらには経営状況の改善はかねてよりの大きな課題であった。

高齢化の進展がさらに進む長岡京市にとって必要ではあると認識されつつも、現行敷地内での建て替えも難しく、長岡京市内で適地となる候補地もなかなか見つからない。そんな中、第2外環状道路の整備と併せ進行中であった下海印寺下内田地区で土地区画整理事業の動きが生じる。

この用地しかないのでは。そう確信し、市長への挑戦を決意した際の成し遂げたいことの一つとなる。

市長就任以降、医療関係者と「長岡京市地域医療ビジョン」を策定し、中核病院として済生会に求める機能等を整理しながら、立地適正化計画に基づくコンパクトシティ補助金を国から獲得するなど、この間、計画を進めてきた。

それだけに、今回、こうして再出発される場面に立ち会えたことは非常に感慨深いものがある。

さあ、これからこそが本番。京都済生会病院が市民の安心安全の砦としてさらに飛躍されることを心から祈念している。


京都済生会病院のホームページ(別ウインドウで開く)」はこちらをご覧ください。

京都済生会病院 

京都済生会病院

5月20日 ゼロカーボンシティを目指して始動!

今年度、長岡京市では、この間改定作業を行ってきた『長岡京市第三期環境基本計画』が始まる。

そのスタートに際し、審議会からのご提言もいただき、本市においても『2050年ゼロカーボンシティ』の宣言を4月1日に行い、市役所全体で取組みを進めていくことを確認した。

今回は、新たに市内外の様々な事業者の皆さんと連携して取り組むこととなった2つのプロジェクトをご紹介したい。

 

① CO2ゼロで行うごみ収集事業:電力事業者×ごみ収集事業者×長岡京市

 

まず、電力事業者であるハチドリ電力(ボーダレスジャパン)が長岡京市内のご家庭に太陽光パネルの設置をすすめられます。

そこで、生まれたCO2削減価値を「京VERクレジット」という排出量取引の制度を通じて見える化。そのクレジットを市内の可燃ごみ収集事業者3社(長岡美装社、浄掃社、長岡美化)が購入し、現状年間約60トン排出されているごみ収集車からのCO2を相殺することでゼロカーボンを目指します。

また、ごみ収集事業者が購入するクレジットの対価、及び、ハチドリ電力の売り上げの一部を長岡京市環境基金に積み立てることで、さらなる環境施策の推進に活用します。

 

 

② JR長岡京駅東口駅前再整備プロジェクト「Z-CROSS」:村田製作所×長岡京市

(ZERO Carbon Redevelopment of Station Square)

 

現在進めているJR長岡京駅東口駅前広場のリニューアル工事の中で、広場に隣接する本社を有する村田製作所に東口自転車駐輪場の屋根への太陽光パネル(55kw)設置及び蓄電池や制御システムの整備を行っていただきます。このことにより、JR東口エリア(将来的には西口エリアにも拡大予定)の電力を賄います。CO2削減効果は年間約26トンです。

併せて、人感センサーによる照明コントロールを用いた省電力化、デジタルサイネージやスマートポールを活用した情報発信なども行っていきます。

 

2050年ゼロカーボンを目指すには、市役所のみならず市民や企業等事業者、環境問題に取り組む諸団体など多様な主体が連携した実践が欠かせない。まさにオール長岡京での取り組みが求められる。

今後も、こうした多くの事業所の皆さんとの連携をさらにすすめていきたい。

「CO₂ゼロで行うごみ収集事業協定」締結式 

①「CO₂ゼロで行うごみ収集事業協定」締結式

村田製作所との包括連携協定締結式 

②村田製作所との包括連携協定締結式

5月13日 福士加代子選手のかけっこ教室!

5月5日、こどもの日。

夏のような日差しが照り付けるグランドに子どもたちの歓声が響き渡る。多くの子どもたちに囲まれたその人の笑顔につられ、子どもたちにも笑顔があふれる。

 

市立スポーツセンターで開催された長岡京市スポーツ推進委員協議会主管のみんなのスポーツデー「かけっこ教室」にて、長年、陸上の長距離選手として活躍された福士加代子選手にゲスト指導者として登場いただいた。

福士選手は、ワコール女子陸上部に所属し、2004年のアテネから、北京、ロンドン、リオデジャネイロまでのオリンピックに4大会連続で出場されるなど、女子陸上界をけん引され、この1月に現役を引退された。今回、府が実施する「京のスポーツ夢バンク」事業を通じてご協力をいただくことができた。

 

当日は、多数応募いただいた中から抽選で選ばれた小学生約40名が教室に参加。

陸上競技協会の皆さんにもお手伝いいただき、準備体操や鬼ごっこで体を温めた後、走るときの姿勢や動作を指導。最後の全員参加リレーでは、アンカーを務めた福士選手に大きな声援が送られた。

終始、積極的に子どもたちに声をかけていただき、福士選手のまわりに子どもたちがたくさん集まり、とても楽しそうに話をしていたのが印象的だった。

 

さて当日、福士選手の自伝『福士加代子(いろは出版)』を謹呈いただき拝読した。

本の帯に「笑って、転んで、人生はおもしろい。」とあるように、決してまっすぐに一直線だったわけではない波乱万丈な人生と、福士選手のお人柄や魅力がひしひしと伝わり、何か読み手の気持ちを温かくしてくれる自伝だ。

 

「楽しい」を大切にしたいという自分の気持ちに対して、とても正直で素直に向き合ってこられた方なんだと思う。最初に高い理想を掲げて、そこに向けて一心不乱にまっすぐ進むというよりも、その時々の自分の気持ちを大切にし、全力で向き合ってきた結果、気がつけば、常人では届かない境地にまで到達したということなのではないだろうか。

そして、その時々、全力で向き合うからこそ、多くの人が応援団として、仲間として、深く関わりながら、福士加代子という偉大なアスリートを創りあげてきたのだと思う。

 

今回、参加してくれた子どもたちもまた、自分の気持ちに素直にまっすぐに育ってくれることを願って止まない。きっと大きな飛躍が待っているはずだ。

かけっこ教室

かけっこ教室のようす

5月6日 ウクライナ侵略をめぐる想像力

ロシアによるウクライナへの侵略から2か月あまりが経過した。当初より示されていた、戦争・戦闘の長期化の懸念が現実のものとなりつつある。

一刻も早く、世界の人々の眼前で行われているこの愚かしい現実が終わることを願ってやまない。

 

日々映像として伝えられる惨状は、戦争という行為がもたらす帰結がいかに悲惨で愚劣なものであるかをつぶさに物語る。

ありがたくも永年に渡り平和を享受してきた私たち日本人にとって、映像の向こう側で起こっている現実の中で暮らす人々の恐怖や苦労を、ともすれば、リアルに想像することは難しい側面があるかもしれない。少しでも多くの想像力を掻き立てながら、ウクライナの人々の気持ちに寄り添いたいものだ。

 

同時に、今回の侵略行為を目の当たりにしたとき、「私たち自身の平和をいかにして守っていくのか」という、問いが喚起されざるを得ない。ここでも、多くの想像力が求められる。

その本線は、我が国の防衛体制の整備や有事法制などの備えであり、同盟関係や国際的な連携体制といった外交面での対応など、従来から論点としてあった幅広い安全保障上の議論を深堀する時期にあることは間違いないが、こうした時期だからこそ、感情に基づくのではなく冷静な議論をすすめていくべきだと考えている。

もう一つは、経済というチャンネルを通じた安全保障戦略だ。そもそも、今回の侵略行為自体が、資源をめぐる利害を背景としている側面も有しており、実際に、世界経済に対して大きな負の影響を及ぼしている。また、ロシアに対するSWIFT排除といったような経済的な制裁手段が、民間をも巻き込む形で大きくとられたという意味では、今後、経済と安全保障の関係性はより強固なものにならざるを得ないだろう。

最後に、今回の事態において情報をめぐる戦略の重要性が如実に表れたのではないか。戦争をめぐる領域として、陸・海・空・宇宙・サイバー空間に加えて、人々の「認知空間」が新たに加わったとする識者もある。現実に起こる様々な事象を現地の人々が、あるいは国際社会がどう認知するかは、実世界を大きく規定する。

 

平和を希求するからこそ、私たちは思考停止に陥ってはならない。常に、想像力を豊かにしておくことが求められている。

4月22日 歴史総合

この春から、高校の授業で「歴史」の取り扱いが大きく変わるそうだ。

科目名は「歴史総合」。

学習指導要領によれば、「近現代の歴史の変化に関わる諸事象について、世界とその中における日本を広く相互的な視野から捉え、資料を活用しながら歴史の学び方を習得し、現代的な諸課題の形成に関わる近現代の歴史を考察、構想する科目」として新たに設置される。

具体的には、「日本史」と「世界史」を統合し、18世紀以降の近現代史に焦点を当て、総合的に学ぶ科目で、次に挙げるような、人々の生活や社会の在り方の3つの大きな変化に着目する。

一つは、産業社会と国民国家の形成を背景とした「近代化」。

二つに、政治、外交、経済、思想や文化などの様々な面で国際的な結び付きが強まり、国家間の関係性が変化したことや個人や集団の社会参加が拡大したことを背景とする「国際秩序の変化と大衆化」。

最後に、科学技術の革新を背景に人・商品・資本・情報等が国境を越えて一層流動するようになった「グローバル化」の3点。

 

これまで、高校での「日本史」や「世界史」は膨大な量の暗記を求められ、それを理由に歴史に興味を失う人も少なくはなかった。

そんな経験をしてきた私たち世代にとって、今回の変化はとても大きいように思えるし、なんだかんだと歴史好きだった私にとっては、より豊かに歴史を学べる仕組みのようにも思え、少し羨ましくも感じる。

 

歴史家のE.H.カーが「歴史とは、現在と過去との間の終わりのない対話である」と指摘したように、完全に客観的な歴史というものはなく、必ず主観的な要素が入り込む。

歴史に対する認識も解釈は、誰もが一致する単数形のものでは決してなく、人それぞれに異なる複数の解釈が存在するのだ。

国際社会を見渡しても、日本社会の身近な場面で起こっている事象の中においても、こうした前提に立ちながら歴史を見ていくことが、極めて重要である事例は枚挙にいとまがない。

複線的かつ多角的なものの見方、その方法論を学ぶことほど、今という時代に求められるものはない。

新しく始まった取り組みに期待をしたい。

4月15日 グローバルの中のローカル

昨年度から、長岡京市に所在する立命館高等学校の1年生が、総合学習授業のテーマとして、本市の抱える様々な地域課題を取り上げてくれている。

取り上げられた分野は、高齢介護から環境政策、文化財活用、商工観光、交通政策、公園整備など幅広く、昨秋以降、班ごとの調べ学習や市の担当課へのヒアリングなどが熱心に行われてきた。

その後、年内に、クラス内での中間発表を経てそれぞれのクラス代表を決定。年明け2月には、学年発表会で学年の1位と2位が決定された。

そして、今回、代表に選ばれた2つの班の生徒たちが市役所でプレゼンを行ってくれた。

 

一つのチームは、「長岡京市における男女共同参画の現状と課題」を取り上げ、長岡京市内企業において男性育休取得を義務化する提案を行ってくれた。

もう一つのチームからは、「NEW NORMAL 長岡京ガラシャ祭 100年後もずっと」と題し、エコランタンを使ったライトアップや市内の名所をめぐるスタンプラリーなどの企画を提案してくれた。

それぞれに、現地に足を運んだり、綿密な聞き取りや調査を行ってくれた、力強い発表だったと感心している。

 

立命館高校は、文部科学省のSSH(スーパーサイエンスハイスクール)やSGH(スーパーグローバルハイスクール)の認定を受けるなど、世界で活躍できる人材の育成に取り組んでおられる。

コロナ前には世界中の高校生と交流をされる機会などにも参加させていただいたこともある。

そうした、これから世界に羽ばたいていくだろうグローバル志向な学生たちにとって、ローカルな課題を見つめる機会もまた重要なものではないかと考えている。

 

グローバルとローカルは決して対立する概念ではない。ローカルを抜きにしてグローバルは成立し得ない。

今回のような活動を通じて、グローバルな視点を持ちながら、ローカルに存在している様々な事象に対して興味関心を持ってくれる機会が増えればと願っている。

発表の様子

市役所での発表のようす

4月8日 つながること

今年の桜はとても粘り強く頑張ってくれています。

開花から一週間ほど過ぎた今でもしっかりと花を残し、入学式を迎えた可愛らしい小学校新一年生たちを晴れやかに出迎えてくれました。

それだけ、天候にも恵まれたということでしょうか。今年度も、このように穏やかな一年であって欲しいものです。

 

 入学式に先立ち始業式を迎えた小学校で、朝の見守り活動をさせていただきました。

 マスク姿ながらも、子どもたちの大きな挨拶の声と、笑顔で学校に入っていく後姿に、見守っている私たちの方が元気をもらった気分です。やっぱり、直接、顔を合わせることって素晴らしいことなのだと感じます。

 今年に入り急拡大していた新型コロナウイルスの第6波も落ち着き、まん延防止等重点措置も解除されました。そのこともあり、新年度に入り、様々な行事やイベント、集まりも徐々にではありますが再開し始めました。

 

 この2年あまりのコロナ禍の下、地域にとって最大の損失は、人と人との「つながり」を紡ぐ機会が失われてしまったことかもしれません。

地域のお祭りや運動会といったイベントもほとんどが中止になりました。

年に一度の総会や年中行事もなくなり、懇親会など食事をしながらいろんなお話をする場面も激減しました。

もちろん、日々の生活にとって不可欠なことは他にもっとたくさんあります。

それでも、ご近所同士、お互い普通に挨拶をしたり、気軽に話ができる関係といった「つながり」は、災害などいざという時はもちろん、楽しく豊かに生きていくうえで、不可欠な要素であり、地域にとっても大切な社会資本ではないかと考えています。

また、必要最低限のコミュニケーションだけではない余白の部分に、新しいアイデアの種がうまっていたり、未来へのモチベーションを生み出す原動力になったりすることも多々あります。

 

もちろん、感染防止にはこれまで通り最大限の警戒をしながらが大前提ではありますが、少しずつ、「つながり」を取り戻していく。もう一度、つながっていく。

再開し始めた社会活動を機会に、そのことを意識していきたいと考えています。

4月1日 市制施行50周年 いよいよスタート

三寒四温を繰り返しながら、一歩ずつ春が近づいていることを感じる日々。

咲き誇る桜に迎えられ、令和4年度、新しい年度のスタートです。

 

昨年度もまた、新型コロナウイルスの感染拡大と縮小を繰り返す一年となりました。

この間、市民や事業者の皆さん、また医療などエッセンシャルワークに携われる皆さんのご尽力により、コロナ禍の一年間を何とか乗り越えてくることができたこと、改めて、この場をお借りし感謝申し上げたいと思います。

新年度は、令和3年度以上に、少しでも以前の日常を取り戻すべく市政を進めていきたいと考えておりますので、引き続きのご協力をよろしくお願い申し上げます。

 

さて、市役所においても、昨日は、7年にわたり私の市政を支えて頂いた土家副市長がご勇退、定年退職を含む12名の方が市役所を去られることとなりました。

長年にわたり市政を引っ張ってきていただいた皆さんのご尽力に、心から感謝と敬意を表するところです。

そして、本日4月1日には、新たに松本均副市長をお迎えしたほか、20名の新入職員が長岡京市の仲間に加わることとなりました。活躍を期待したいと思います。

 

今年度は本市にとって市制施行50周年という記念すべき年です。

「継承と発展 8万人と、つなぐバトン。」をコンセプトに、特別記念事業をはじめ市民の皆さんとともに50歳の誕生日をお祝いできる様々な取組みを進めていきたいと考えています。

(詳しくは、50周年特設サイト(別ウインドウで開く)をご覧ください!)

 

「不易流行」という言葉があります。

「不易」とはいつまでも変わらないこと、「流行」とは、時代に応じて変化することを指します。

これから私たちが生きていく50年は、これまで生きてきた50年とは、取り巻く環境は大きく異なるわけであり、そうした変化に柔軟に対応していくことが求められます。

一方、50年という長い歳月の中で、先人の皆さんが大切に育ててきたものもまたあります。これらは、次の50年においても、しっかり守っていかなければなりません。

こうした、変化させていくべきもの、大切に守り続けていくものは何かということを、少し立ち止まり長期的な視点で考えていくことが、50周年という節目を迎える今だからこそ、求められています。

 

皆さんとともに、次の50年に向けた歩みを進めていくための一歩目を踏み出す一年にして参りたいと存じます。

本年度もよろしくお願い申し上げます。

これまでの雑感日記