中小路市長の雑感日記『公共圏=対話の場』
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4月10日 公共圏=対話の場
先月、96歳で亡くなったドイツを代表する思想家ユルゲン・ハーバーマス氏。
ナチス支配下の少年時代に自分がヒトラー・ユーゲントの一員だったことを悔い、第2次世界大戦後、民主主義の価値に目覚めた氏は、著書『公共性の構造転換』に代表されるよう、戦後民主主義を構築し擁護する立場から、様々な論客と論争を行うなど、亡くなる直前まで世界に向けて発信を続けてきた。
ハーバーマスは理性を、目的を達成するための最適な手段を選び出す「道具的理性」と、コミュニケーションを通じて相手との間に理解や合意を生み出す「対話的理性」に峻別する。
そのうえで、現代社会における私たちの日常生活は「道具的理性」によって支配、侵略されており、そのことによって数々の社会問題が引き起こされており、その様相を「生活世界の植民地化」と呼んだ。
このように社会において人間的側面が損なわれている状況を回復するためには、人々が「対話的理性」を取り戻すことが必要であり、そこで重要になるのが「公共圏」の概念だ。
「公共圏」とは、国家や市場の権力から独立し、市民が自由かつ対等な立場で、合理的な議論を通じて世論を形成する社会的な対話の空間で、カフェや新聞メディアなどを通じて、私的な個人が公的な課題を批判的に討議し、民主主義を支える基盤として機能する場を指す。すなわち、それは『対話の場』であり『対話の空間』だと言えよう。
その思想は、単なる投票や多数決ではなく、利害関係者が対等な立場で議論し、合理的な合意を目指す熟議民主主義の理論や、毀損しつつある政党、マスメディア、SNSなど市民が自由なコミュニケーションを行える基盤の再考、インターネット・SNS時代の公共倫理など、今日的な課題を考えるうえで多くの示唆を与えてくれる。
民主主義の危機が叫ばれる今日だからこそ、氏の思想や議論は振り返ってみるべき価値がある。
8年度の雑感日記(ページリンク)
4月3日 花を愛でる~新年度の始まりにあたり
雨にも負けず、桜が満開を迎え始めるなか令和8年度が始まった。
年々歳々花相似たり 歳々年々人同じからず。
唐の時代の詩人の言葉にあるように、花の美しさは変わらないものの、その花を見ている自分自身は時の流れとともに変わりつつある。人生観や仕事への向き合い方もまた、齢を重ねるたびに変わっていく。
新年度が始まるにあたり、毎年、自分自身の中で目標やテーマをいくつか決める。
今年度はその一つとして、日々の暮らしや仕事の中で「余白・すきま」を意識的に生み出したいと思っている。
少し前までは、「何もしない」ことが怖かった。
少しでも時間が余ると、もっと何かできるんじゃないか、何かしなければならないんじゃないかという、強迫観念に苛まれ、結果、やるべき(だと思い込んでいる)ことを詰め込むことで、安心感を得る。そんな日々を過ごしていたように思う。
それはまるで、次の樵(きこり)の男のような姿だったのかもしれない。
あるところに、毎日一生懸命に木を切り続ける樵の男がいました。
樵は決して休む間もなく木を切り続けますが、斧は刃が欠けてボロボロ。日を追うごとに切り出す木の本数は減っていきます。
見かねた人が「斧を研いだらどうだ?」と声を掛けます。
すると樵は答えます。「忙しくて、斧を研いでいる時間なんてないんだよ!」
花をゆっくりと愛でる。
今年は、そんな「余白・すきま」を創り出す勇気を振り絞っていくと胸に誓う。