中小路市長の雑感日記『若者気候会議』
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5月22日 『若者気候会議』
5月も後半に入り、連日暑い日が続いている。
18日には、すでに全国300を超える地点で「真夏日」ラッシュ。早くも今年初の「猛暑日」を迎えた地域もある。
4月には気象庁が、最高気温が 40℃以上 になった日を新たに「酷暑日」と定めた。
さて、今年の夏はどうなることやら。先が思いやられそうだ。
長岡京市では、2050年ゼロカーボンシティを目指す取り組みの一環として、新たに「長岡京若者気候会議」をスタートさせる。
長岡京市に在住・在学・在勤の高校生から20代を対象に、京都府地球温暖化防止活動推進センターをパートナーとして講座やワークショップを通じて、主体的に自分たちが考える脱炭素社会のデザインや気候変動対策をまとめ、社会に対して発信していくことを目指している。
今回の取り組みの背景には、気候変動対策の必要性は人々に認識されているものの、脱炭素社会には「不便そう、我慢の生活、どうせできない・・・。」というイメージがあり、実現が可能と思っている人は決して多くはない。このようなネガティブなイメージが社会を変える原動力を失わせているという現状認識がある。
そこで、気候変動の影響を大きく受ける若者が、学び、話し合い、自ら発信し、社会全体を巻き込んでいくことで、「ゼロカーボンシティは実現できる!」とポジティブに受け止める人々を増やしていきたいと考えている。
この間、「若者気候会議」への参加者を、公募や無作為抽出による呼びかけなどを通じ募ってきた。
当初は15名程度の参加者を予定していたが、うれしいことに締め切り現在で約60名の応募をいただいている。若い世代の皆さんの想定を超える関心の高さに、大変力強さを感じている。
7月の初回の基礎講座では東京大学未来ビジョン研究センターの江守正多教授(気候科学)に講演をいただく予定としている。皆さんの熱心な議論に期待をしたい。
8年度の雑感日記(ページリンク)
5月1日 ぶっ飛んだ彼女たち
4月24日 ガラスと光が織りなす魔法
4月17日 夢を旅する物語
4月10日 公共圏=対話の場
4月3日 花を愛でる~新年度の始まりにあたり
5月15日 『昭和は遠くなりにけり』
降る雪や 明治は遠くなりにけり
中村草田男がこの有名な句を詠んだのは昭和6年(1931年)のこと。
大正という時代をはさみ昭和も少し落ち着いたなか、降りしきる雪に時代が確実に変わったことを重ね抒情的に表現した。
根底にあるのは、「のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶(いちだ)の白い雲がかがやいているとすれば、それのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう(司馬遼太郎『坂の上の雲』)」というフレーズに象徴される、明治が持つ青春期特有の情熱的で前向きな希望にあふれた空気へのノスタルジーなのだろう。
同時に、満州事変が起こったこの年は、日本が戦争への道を不可逆的に進んでしまった曲がり角であり分岐点でもある。人間のあり様を掘り下げた俳人は、そんな時代のきな臭い変化もまた鋭敏に感じ取っていたではないのだろうか。
4月29日、昭和の日。
東京・武道館にて天皇皇后両陛下のご臨席を仰ぎ開催された『昭和100年記念式典』に参加した。
高市早苗内閣総理大臣は式辞の中で、「昭和は、戦争、終戦、復興、高度経済成長といった、未曽有の変革を経験した時代」だったとしたうえで、「今こそ、激動の昭和を生き、先の大戦や幾多の災害を乗り越え、希望を紡ぎ出した先人たちに学び、私たちも果敢に挑戦していく必要がある」と述べた。
平成という時代を超え、令和という元号に慣れ親しみ始めた現在、時代は当時と同じように大きな曲がり角であり分岐点に差し掛かっているようにも思える。
この先、わが国はどこへ向かうのか。
昭和が遠ざかりつつあるいま、ノスタルジーにひたるだけではなく、戦争の惨禍へと突き進み、どん底から力強く立ち上がった、まさに光と闇が同居した長い時代をじっくり見つめ、そこから学ぶべきものは無数にあるにはずだ。

「昭和100年記念式典」のようす
5月1日 ぶっ飛んだ彼女たち
小説家の頭の中っていったいどうなっているんだろう?
思いつかないような面白い設定、筋書き、物語の展開を生み出す力はもちろん、魅力的な登場人物を創り出してしまうその感性に対して敬服の念を抱くばかり。
今年のMY読書は小説の当たり年のようだ。手に取る作品一つひとつの世界にどっぷりとはまり込む。
そんな数々の作品の中で、とってもキュートで、スマートで、ユニークで、とびきりにぶっ飛んでいる女性たちに出会った。彼女たちが登場する物語を少しご紹介しよう。きっと皆さんも虜になるに違いない。
まずは王道、宮島未奈の『成瀬は都を駆け抜ける(新潮社)』から。皆さんご存じ、昨年末に刊行された成瀬シリーズの第3作・完結編。前作、『成瀬は天下を取りにいく』&『成瀬は信じた道をいく』と同様、京大生になった成瀬あかりはやっぱり真っ直ぐだ。京大・達磨研究会など新たな面々を巻き込みながら、ただひたすらに真っ直ぐ自分の道を突き進む。それでも、ほんの少し成長した成瀬の姿がさらに読者の胸を打つ。
続いては、新たな強烈キャラが登場。
青崎有吾の頭脳派ミステリー『地雷グリコ(角川書店)』の主人公の女子高生・射守矢真兎(いもりや まと)。どこにでもいそうなゆるふわ系の女子高生。一見、ちゃらんぽらんにも見える彼女だが、一つまわりと違うのは、とんでもなく勝負ごとに強いこと。そんな彼女が、既存のゲームをアレンジした勝負で難敵たちを次々と破っていく姿は痛快そのもの。醸し出す雰囲気ととてつもない先読みと思考力のギャップがたまらない。ぜひぜひ続編を期待している。
最後は、少し時代と毛色が変わる。森絵都の『デモクラシーのいろは(角川書店)』から。
戦後間もない頃、日本の民主化政策を急ぐGHQが思いついたのが“民主主義のレッスン”。旧子爵婦人の邸宅に集められたのは4人の個性豊かな若き女性たち。裕福な家庭に育った語学堪能な美央子21歳、訛りの抜けない真面目タイプの孝子20歳、あか抜けたお調子者の吉乃20歳、独特の危うげな色気に包まれたヤエ18歳。それぞれの戦争を生き抜いてきた女性たちと、教師役を押しつけられた日系2世リュウ・サクラギの奮闘の物語。“民主主義のレッスン”を通じて女性たちの本質にある芯の強さをリュウは思い知ることとなる。
さあ、ゴールデンウイークも真っただ中。
皆さんも、素敵な彼女たちに出会ってみませんか?
※文中、敬称略
4月24日 ガラスと光が織りなす魔法
いまから4000年ほど前の古代オリエントでのこと。
ある嵐の夜、フェニキア人の水夫がシリア付近のユーフラテス川の支流で砂地の川岸に上陸する。食事をするため、積み荷だった硝石のブロックの上に鍋を置き、火を焚いて料理を作る。腹は満たされ眠りについた翌朝。ブロックがキラキラ光っているのを見つけ大騒ぎになる。
ローマの歴史家が書き残したガラスの起源だそうだ。
以来、ガラスの美しさは人々を魅了し、アクセサリーや工芸品として珍重されてきた。
4月22日から滋賀県立美術館にて開催されている『武政健夫ガラス彫刻展~光と影が刻む透明の世界』を訪れた。
明るさを抑えた空間のケースの中で、ライトに照らし出され浮かび上がる作品の数々。それぞれが個性を放ちながら自らの存在を主張している。
ビュランという刃のついた工具を用いてガラスの表面に繊細な線や模様を刻み込むエングレービング(engraving)という手法によって描かれた、人物や動植物などの白を基調とした像が、光と影のコントラストによって立体的に映し出される。
その様は一瞥(いちべつ)、透明なガラスの部屋におとなしく閉じ込められているように見える。
しかし、視線が少し動くと、その像たちは一気に躍動し始める。その様は生命を吹き込まれたよう。まさにガラスと光が織りなす魔法だ。
このガラス彫刻をこよなく愛しておられる村田製作所の村田恒夫相談役のご縁をいただき、私も展覧会を拝見させていただくのは今回が3度目となる。
『武政健夫ガラス彫刻展~光と影が刻む透明の世界』は、5月6日まで滋賀県立美術館ギャラリーにて開催されている。これから始まるGW、この機会に足を運ばれてはいかがだろうか。

展覧会初日。村田恒夫村田製作所相談役、武政健夫さんとご一緒に

4月17日 夢を旅する物語
羊飼いの少年サンチャゴは、ある夜、エジプトのピラミッドに宝物が隠されているという不思議な夢を見る。
そして、羊を売り払い、慣れ親しんだスペイン・アンダルシア地方を離れ、アフリカへ渡り、宝を探すための冒険に出ることを決意する。旅の途中で全財産を盗まれるなど困難に見舞われ何度もくじけそうになりながらも、クリスタル商人の下で働いたり、砂漠を越えるキャラバンへの参加を経て、ついに伝説の「アルケミスト=錬金術師」と出会う。
そんな夢を追う勇気を持った少年が成長しながら、自らの人生を自らの手で切り拓いていく物語が、ブラジルの世界的作家パウロ・コエーリョの『アルケミスト 夢を旅した少年(角川文庫)』だ。
自分自身の運命を信じ、夢や目標に向かって人生を歩んでいく。
その道を進んでいくには思いのほか勇気が必要だ。
慣れ親しんだ状況やものとの決別、周囲や世間からの視線、傷ついてしまうことへの恐れなど、一歩目を踏み出すためには数多くのハードルが存在する。
「人は、自分の一番大切な夢を追求するのがこわいのです。自分はそれに値しないと感じているか、自分はそれを達成できないと感じているからです。永遠に去ってゆく恋人や、楽しいはずだったのにそうならなかった時のことや、見つかったかもしれないのに永久に砂に埋もれた宝物のことなどを考えただけで、人の心はこわくてたまりません。なぜなら、こうしたことが本当に起こると、非常に傷つくからです。」
それでも少年は数々の迷いを振り払い、苦難を乗り越え、歩みを続ける。
そして旅の最後にこう結論する。
運命を追求する者にとっては、人生は本当に寛大だ。
物語を読み進めてたどり着いた結末とこの思いこそが、読む者の心に勇気の灯をともす。
4月10日 公共圏=対話の場
先月、96歳で亡くなったドイツを代表する思想家ユルゲン・ハーバーマス氏。
ナチス支配下の少年時代に自分がヒトラー・ユーゲントの一員だったことを悔い、第2次世界大戦後、民主主義の価値に目覚めた氏は、著書『公共性の構造転換』に代表されるよう、戦後民主主義を構築し擁護する立場から、様々な論客と論争を行うなど、亡くなる直前まで世界に向けて発信を続けてきた。
ハーバーマスは理性を、目的を達成するための最適な手段を選び出す「道具的理性」と、コミュニケーションを通じて相手との間に理解や合意を生み出す「対話的理性」に峻別する。
そのうえで、現代社会における私たちの日常生活は「道具的理性」によって支配、侵略されており、そのことによって数々の社会問題が引き起こされており、その様相を「生活世界の植民地化」と呼んだ。
このように社会において人間的側面が損なわれている状況を回復するためには、人々が「対話的理性」を取り戻すことが必要であり、そこで重要になるのが「公共圏」の概念だ。
「公共圏」とは、国家や市場の権力から独立し、市民が自由かつ対等な立場で、合理的な議論を通じて世論を形成する社会的な対話の空間で、カフェや新聞メディアなどを通じて、私的な個人が公的な課題を批判的に討議し、民主主義を支える基盤として機能する場を指す。すなわち、それは『対話の場』であり『対話の空間』だと言えよう。
その思想は、単なる投票や多数決ではなく、利害関係者が対等な立場で議論し、合理的な合意を目指す熟議民主主義の理論や、毀損しつつある政党、マスメディア、SNSなど市民が自由なコミュニケーションを行える基盤の再考、インターネット・SNS時代の公共倫理など、今日的な課題を考えるうえで多くの示唆を与えてくれる。
民主主義の危機が叫ばれる今日だからこそ、氏の思想や議論は振り返ってみるべき価値がある。
4月3日 花を愛でる~新年度の始まりにあたり
雨にも負けず、桜が満開を迎え始めるなか令和8年度が始まった。
年々歳々花相似たり 歳々年々人同じからず。
唐の時代の詩人の言葉にあるように、花の美しさは変わらないものの、その花を見ている自分自身は時の流れとともに変わりつつある。人生観や仕事への向き合い方もまた、齢を重ねるたびに変わっていく。
新年度が始まるにあたり、毎年、自分自身の中で目標やテーマをいくつか決める。
今年度はその一つとして、日々の暮らしや仕事の中で「余白・すきま」を意識的に生み出したいと思っている。
少し前までは、「何もしない」ことが怖かった。
少しでも時間が余ると、もっと何かできるんじゃないか、何かしなければならないんじゃないかという、強迫観念に苛まれ、結果、やるべき(だと思い込んでいる)ことを詰め込むことで、安心感を得る。そんな日々を過ごしていたように思う。
それはまるで、次の樵(きこり)の男のような姿だったのかもしれない。
あるところに、毎日一生懸命に木を切り続ける樵の男がいました。
樵は決して休む間もなく木を切り続けますが、斧は刃が欠けてボロボロ。日を追うごとに切り出す木の本数は減っていきます。
見かねた人が「斧を研いだらどうだ?」と声を掛けます。
すると樵は答えます。「忙しくて、斧を研いでいる時間なんてないんだよ!」
花をゆっくりと愛でる。
今年は、そんな「余白・すきま」を創り出す勇気を振り絞っていくと胸に誓う。